人体には「目に見えないライン」が全身に走っている
1901年、ドイツ人の皮膚科医アルフレッド・ブラシュコ(1858〜1922)は、150人以上の皮膚患者を診察する中で、ある奇妙な傾向に気づきました。
ホクロやアザ、湿疹などの皮膚症状が「まるで目に見えない線をなぞるかのように現れていた」のです。
この線は個々人の神経や血管の流れに沿っているのではなく、全員に広く共通するようなラインを辿っており、明らかに生まれつきのものでした。
彼が発見したこの不可視なラインは後に「ブラシュコ線(Blaschko’s lines)」と呼ばれるようになります。
それぞれの患者さんから得られた部分的なラインを総合してみると、ブラシュコ線は頭頂部から爪先にかけて全身に隈なく走っていることが分かりました。
特に胸から腹部は「S字のような弧」、背中は「V字のような山型」、お尻は「丸い渦」、脚から下は「まっすぐな縦線」という決まった傾向が見つかっています。
後の時代にもいくつかの線が新たに発見され、それを加えて出来た「ブラシュコ線」の模式図がこちらです。
では、このブラシュコ線の正体とは何なのでしょうか?
幸いなことに、ブラシュコ線の正体は今日の科学ですでに突き止められています。
単刀直入にいうと、これは「ヒト胚が発生時に分裂する中で、完全な人体の形に成長するまでに辿った細胞のライン」だったのです。
胎児の皮膚細胞が成長するときに辿ったライン
私たちヒトはすべて、母親の胎内でたった1つの細胞からスタートを切ります。
その細胞は分裂しながら大きく成長していき、あるものは骨や筋肉へ、あるものは臓器や毛髪へと分化していきます。
それと同時に、皮膚細胞も成長して、胎児の全身を覆うように広がります。
ブラシュコ線は、この皮膚細胞が拡張するときにたどった成長のラインだったのです。
具体的には、表皮を作る主な細胞の「ケラチノサイト」と、表皮の奥にあり色素を作り出す細胞の「メラノサイト」の道筋であることが分かっています。
ブラシュコ線を見ると、毛の生え方がそのラインに沿っていることが分かるでしょう。
つむじの渦などもブラシュコ線で説明できると考えられています。
ところが私たちのブラシュコ線は、他の動物のように「目に見える模様」とはなりません。
なぜなら、模様のある動物たちは1個体の中で毛の色を分けられる遺伝的メカニズムをしているのに対し、人間は体の中で皮膚や毛の色を分けるようなシステムにはなっていないからです。
私たちの髪や皮膚は基本的に一色ですが、シマウマやヒョウは複数の毛の色を持つことで模様が浮かび上がります。
そして、その模様の形はブラシュコ線に沿っていると考えられるのです。
しかし一方で、ヒトにおいても体の模様が目に見える形で浮かび上がるケースが稀にあります。
それを次に見ていきましょう。