罵倒は心理的苦痛にも効く

2017年に「Journal of Social Psychology」に投稿された、ニュージーランド・マッセー大学のマイケル・フィリップ氏(Michael Phillip)ら研究チームは、罵声が孤独や恥のような社会的苦痛に対しても効果があるのかを検討しました。
この研究には大学生62名が参加しています。
実験では参加者を2つのグループに分け、過去に仲間外れにされた経験、他人と協力した経験をそれぞれ書き出してもらいました。
仲間外れにされた出来事の例としては、「他者から拒絶された」や「孤独感を感じた」などがあり、その経験を書き出すことで社会的なストレスを誘発することができます。
そしてさらにそれぞれのグループを、2分間「クソ野郎!」などと口汚く罵る人と、何もしない人に分け、罵倒が社会的苦痛にどう作用するかを比較しました。
すると実験の結果、身体的苦痛と同様に、罵倒することで孤独や恥のような社会的な痛みが低く評価される傾向が確認されたのです。

研究チームは「身体的苦痛と心理的苦痛は前帯状皮質という神経回路を共有しており、生物学的に同じシステムを用いていることが報告している。そのため心理的な痛みであっても脳内では身体的な痛みと同様に感じているかもしれない」と述べています。
この心理的な痛みを身体的な痛みとして経験しているという考えは「痛みの共通性理論(pain overlap theory )」と呼ばれています。
それゆえ、罵倒によって身体的苦痛が緩和されたように、心理的苦痛でも罵倒で痛みが緩和される効果が生じたと考えられます
罵倒がどのようにして痛みを軽減させるのかについての明確なメカニズムはまだ分かっていません。
しかし最も有力な仮説は、罵倒などの攻撃的な言葉を叫ぶことが、闘争・逃走反応を生むというものです。
闘争逃走反応は、恐怖や危険が伴う状況で、生存のために戦うか、逃げるかの行動準備をする際に起きる生理的反応です。
そしてこの反応が起きると、交感神経系が活性化し、アドレナリンとコルチゾールが分泌されます。
これにより、痛みに対する感受性が低下し、長い時間我慢することができるというわけです。
これらの結果を考慮すると、タンスの角に足の小指をぶつけたときの「クソッ!」や昔にしてしまった恥ずかしい出来事を思い出すときに「あークソ―」と言うことは、実際のところ理に適った行動だと言えます。
例え普段は上品な人でも、痛みに対して思わず汚い言葉が出てしまうのは、知らないうちに罵倒と痛みの関係性を理解して、無意識のうちに実践しているからなのかもしれません。