脳は大食漢で偏食家
体の大きさに対する脳の大きさを表す脳化指数(EQ)は、一般的に動物の知性の指標とされています。
脳化指数は、人間7.4-7.8、バンドウイルカ5.3、チンパンジー2.2-2.5、カラス1.25、イヌ1.2、ネコ1.0とされ、他の動物に比べて我々人間の脳がいかに大きいかがわかります。
人間は脳を大きく進化させることで、高度な認知能力や言語能力など様々な能力を獲得し、他の生物とは違った形で環境に適応してきました。
その反面、脳はエネルギーの消費量が多く、人間では1日当たり約400kcal消費しており、これは1日の消費エネルギーの約20%を占めます。
また、脳はグルコース(=ブドウ糖)を主なエネルギー源としています。
飢餓状態でグルコースが不足するなど緊急時のみケトン体という非常用エネルギーも使いますが、その他の組織がエネルギー源とする脂肪やタンパク質を直接利用することはなく、いわば「偏食」ともいえる特性を持っています。
そんな脳のエネルギー需要に応えるため、人間を含め脳化指数の高い一部の霊長類は、空腹時でも血糖値を一定に保ち、グルコースを安定供給する複雑な代謝の調整メカニズムを持っています。
ではどのようにして、進化の過程で相対的に脳が大きい霊長類と小さい霊長類の間に代謝の違いが生まれたのでしょう?
過去の研究で、遺伝的要因や遺伝子の配列は変えず発現に影響するエピジェネティック要因が霊長類の種間で代謝の違いを生むという報告はありますが、これらだけでは十分に説明できません。
そこで注目されたのが腸内細菌です。
腸内細菌は多くの動物の腸内に生息しており、菌種ごとの塊は腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう、別名:腸内フローラ)と呼ばれ、宿主(=動物)の消化や免疫の補助、ビタミンなど栄養素合成、代謝調整といった様々な役割を担っています。
特に、腸内細菌が食物繊維とアミノ酸などの発酵から作る短鎖脂肪酸(SCFA)は、宿主のエネルギー源となり、食欲や満腹感の調整、脂肪の生成・貯蔵、グルコース-インスリン代謝による血糖値の管理など代謝のプロセスに影響します。
これらの影響により作られるグルコースが増え、脳に十分なエネルギーを供給できるようになるなど、腸内細菌が宿主の体の働きを変えることで脳の進化に関わってきたのではないかと考えられているのです。
腸内細菌の種類と働きは霊長類の種によってかなり異なるものの、この違いが種ごとの代謝や生活史にどの程度影響しているのかはわかっていません。
そこで研究者らは、脳の大きさが異なる霊長類において、腸内細菌の違いが代謝に与える影響を調べるため実験を行いました。