“意識の種”は生まれる数週間前から急速に発達する
研究チームが用いたのは、現在公開されている中で最大規模の新生児fMRIデータベース「Developing Human Connectome Project(dHCP)」です。
ここには正期産児278名、早産児142名が登録されており、早産児については妊娠37週前後の在胎週数相当(TEA)の時期で撮影したグループと、それ以前に撮影したグループに分けて比較しました。
さらに、成人176名のfMRIデータ(Human Connectome Projectより)も解析に含め、合計420名の新生児と照合できるという大規模な研究デザインを実現しています。
ユニークな点として、まず“高解像度・高フレームレート”の3T MRI撮像を活用していることが挙げられます。
通常の新生児研究では、被験者の微小な動き(モーションアーチファクト)の影響が大きな課題となりますが、このプロジェクトでは新生児特有の動きを補正する先進的なアルゴリズムを導入。
さらに、脳の週齢ごとに合わせた構造テンプレートにより、脳領域の位置合わせ(アライメント)を精密に行えるようになりました。
これによって、これまで困難だった新生児の脳機能データを詳細かつ信頼性高く取得できるようになったのです。
研究者たちは、この高品位なデータをもとに、脳全体の領域間の結合を「ネットワーク」として捉え、いわゆるグラフ理論を用いて「スモールワールド」指標を算出しました。
具体的にはクラスタリング係数や特性パス長といった数学的手法を組み合わせることで、それぞれのネットワークがどの程度効率良く情報を分配・統合しているかを評価したのです。
結果は鮮明でした。

強固な小世界性を示す指標ϕ(スモールワールド・プロペンシティ)の基準を満たす割合は、成人では100%でした。
一方で正期産児では97.8%、在胎週数相当(TEA)で撮影された早産児では90.3%、在胎週数前に撮影された早産児では72.9%となりました。
(※在胎週数相当(TEA)とは、赤ちゃんが本来お母さんのお腹の中で育つべき期間に基づいて、その成長度合いを評価する基準です。たとえば、早産で生まれた赤ちゃんが実際にどれだけ成長しているかを、まるでお腹の中にいたかのように考えることができます。これにより、生まれた日数ではなく、理想的な出産時点での発達状態を基に比較することが可能になります。)
この数値から、正期産児は生まれた直後から、小世界構造が大人ほどではないにせよ、かなりはっきりと成立していることが示されました。
いっぽう早産児をみると、在胎週数相当に達したグループでも正期産児に比べれば小世界指標がやや低く、感覚運動や注意制御など、多くのネットワークで未熟な結合のまま成長している可能性が示唆されたのです。
とくに妊娠後期(第3期)を迎える前に産まれた早産児(在胎週数前にスキャンされたグループ)では、脳の統合度合いがさらに顕著に低く、複数の領域で未熟な状態が確認されました。
ただ逆を言えば、本来ならば生まれる前の早産児の段階でも、かなりのケースでスモールワールドの指標が基準値を超えているとも言えます。
これまでは未熟な脳では「高次の意識や複雑な認知機能はまだ形だけ」という見方が長く一般的でした。
しかし、本研究は圧倒的な数の被験者データと高精度の解析手法を組み合わせることで、生まれた直後の脳がすでに“大人のような小世界ネットワークの土台”を備えはじめている可能性が高いことを示唆したのです。
しかも早産によってそのネットワークが大きく変容し得る点が明らかになったことは、意識や言語、注意力など高次機能の発達過程を捉え直すうえで極めて重要と言えます。
これだけ多層的かつ大規模に新生児期を俯瞰し、小世界構造がいつ・どの程度形成されるかを明確に示したという点にこそ、本研究の革新性があるのです。