意識の萌芽か、単なるネットワークか――赤ちゃん脳をめぐる新たな視界

今回の研究が提示した最も重要な知見は、誕生して間もない新生児の脳が、大人の脳にもみられる“スモールワールド”ネットワークをすでにある程度備えている、という点にあります。
これまでは「赤ちゃんの脳は未熟で、外界からの刺激を受けて徐々に学習していく」という考え方が主流でしたが、今回の結果からは“意識や複雑な認知を支える土台が、実は胎内にいる段階でかなり整い始めている”という可能性が示唆されました。
まず、正期産児が生まれた直後から示したスモールワールド性は、脳が高効率で情報をまとめ、必要な部分にだけ集中的に働きかけられる構造をすでに持っていることを意味します。
これは「外界の刺激に対する反応が早々に洗練されている」という解釈や、「意識や注意配分など高次機能の準備段階が誕生前から進んでいる」という見方を裏付けるものです。
一方、早産児においてはこの構造の完成度が正期産児より低く、特に妊娠後期を迎える前に生まれたグループほど顕著な違いが確認されました。
つまり、胎内で本来期待される“脳のネットワークづくり”の重要期間が短縮されることで、いくつかの領域や機能の成熟に影響が及んだ可能性が高いと考えられます。
もちろん、こうした“未熟さ”が長期的にどの程度影響を及ぼすのかは、まだ断定できません。
早産児であっても在胎週数相当(TEA)に達すればかなりのネットワークを取り戻す例も多く見られ、大部分は後から補われるという見解も成り立ちます。
早産による差異は、新生児期で一時的に大きく見えても、その後の脳可塑性(脳が環境に応じて柔軟に変化する性質)によって相当程度カバーされる可能性があるわけです。
逆に、未成熟な状態のまま脳が刺激を受けたことで、新たな結合パターンが生まれ、むしろ特定の学習や適応を早める場合もあるかもしれません。
つまり、「小世界性の低さ=不利」とは必ずしも言い切れず、その解釈には慎重さが求められます。
さらに、「スモールワールド構造が確立している」とはいえ、それが即“意識の存在”を直接示すわけではない、という点にも注意が必要です。
そもそも意識を脳内ネットワークのどの指標で捉えるべきか、その議論は今なお続いています。
たとえば、このネットワークは“意識の萌芽”を支えているのか、それとも“意識の前提となる情報統合のための基礎回路”に過ぎないのか――ここは今後の研究課題といえます。
ただし、いずれにせよ新生児が想像以上に複雑な情報処理能力を秘めているのは確かであり、従来の「生まれたての赤ちゃんは何も分からない」というイメージが見直されるきっかけとなるでしょう。
この研究が意義深いのは、“いつ”脳ネットワークが形成されるのかという疑問に、胎内環境の重要性を絡めて再度問い直したことにあります。
特に早産児を2つの時期(在胎週数相当とそれ以前)でスキャンし比較した点は、大規模なデータ解析を踏まえて脳発達のタイムラインを具体的に描き出す試みに成功しています。
今後は、これらの違いが発語や認知発達の経過、さらには社会性や情緒面での成長とどのように関連していくのか――そういった縦断的な研究が進むことで、新生児期の脳がもつポテンシャルを一層深く理解できるようになるでしょう。
こうした知見が、早産児のケアや育児方針の改善だけでなく、「私たち人間はいかにして意識や複雑な思考を手に入れたのか」という根源的な問いに対しても、重要なヒントを与えてくれるはずです。