錯覚は訓練でどうにかなるものなのか?

私たちの目や脳は、周囲の情報を積極的に統合することで世界を理解しようとしています。
しかし、その働きがときに“錯覚”を生み出し、私たちを惑わせる原因にもなります。
実際、医療現場では「60~80%の診断ミスが視覚的な見落としに起因する」とも言われるほど、脳の認知プロセスと錯覚は密接な関係にあります。
興味深いエピソードとして、過去の研究では、医療画像の専門家である放射線科医(広義には報告放射線技師や研修医も含む)も「ウォーリーを探せ」のような日常的な視覚探索タスクでは一般の人と大差がなかった、という報告があります。
これは、放射線科医があくまで「医療画像という特定の領域」における視覚能力を鍛えている可能性を示唆します。
一方で、骨折の微細な線や腫瘍のわずかな影を発見するために毎日膨大な画像と向き合い、どこに注目すべきかを即座に判断しなくてはならない放射線科医には、文脈を切り離して必要な情報だけをすくい上げる特別な視覚戦略が備わっているのではないか、という見方もありました。
もしこのような「不要な要素を排除する力」が確立されるならば、その能力は特定領域のみならず「錯覚への耐性」にも波及する可能性があります。
こうした専門性の限界は、他の分野でも見られるようです。
たとえばパイロットは、計器や周囲の景色、警告表示など膨大な情報を瞬時に整理する一方、日常生活のごく単純な視覚探索では必ずしも優位性を示さないという報告があります。
また、プロゲーマーは特定のゲーム画面において極めて素早く重要要素を見極める一方、まったく別のジャンルでは特段の優位が見られないケースもあるようです。
これらの事例は、視覚的専門家がそれぞれの分野で特殊な戦略を育んでいる一方、そのスキルがどこまで汎用的に機能するのかが必ずしも明確ではないことを示しています。
そこで今回研究者たちは、医療用画像の専門家と学生グループを比較し、幾何学的錯覚への反応を通じて「どのような要因が錯覚に陥りにくい視覚を育てるのか」を調べることにしました。
こうして、脳の訓練がどこまで私たちの錯覚経験を左右できるのか、その仕組みを明らかにしようと試みたのです。