「3人の親」が必要な理由とは?

私たち人間の体は、約37兆個の細胞から成り立っています。
そして、そのほとんどの細胞の中には、ミトコンドリアという小さな「発電所」のような器官が存在します。
ミトコンドリアは、細胞が活動するためのエネルギー(ATP)を作り出す装置です。
心臓を動かす、脳で考える、筋肉を動かすといった生命活動は、すべてこのエネルギーに支えられています。
そしてこのミトコンドリアには、専用の遺伝子である「ミトコンドリアDNA(mtDNA)」が含まれています。
これは核DNAとは異なり、母親からのみ受け継がれる特殊な遺伝情報です。
このmtDNAに異常(突然変異)が生じると、細胞のエネルギー生産がうまくいかなくなり、「ミトコンドリア病」と呼ばれる遺伝性疾患を引き起こすことがあります。
ミトコンドリア病は非常に多様な症状を持ち、筋力低下、てんかん、心不全、視力障害、発達遅滞などを伴い、重篤な場合には命に関わります。
母親のmtDNAに異常がある場合、その割合によっては、子どもに同じ異常が伝わるリスクがあります。

そのため、病気の発症を恐れて子どもを持つことを断念せざるを得ない女性も少なくありません。
他人の卵子を使う体外受精という選択肢もありますが、その場合、子どもは母親と遺伝的につながりを持たなくなってしまいます。
ここで登場したのが、ミトコンドリア置換法(Mitochondrial Replacement Therapy:MRT)です。
これは、母親の核DNAを健康なミトコンドリアを持つドナー卵子に移植することで、病的なmtDNAの伝達を回避する方法です。
特に注目されているのが「前核移植(pronuclear transfer)」という技術です。
この方法では、母親とドナーの卵子をそれぞれ精子で受精させます。
そして母親側の核DNAを取り出して、ドナー側の受精卵から核DNAを除去したものに移植します。
結果として、核DNA(遺伝情報の99.9%)は両親から、ミトコンドリアDNA(0.1%)はドナー女性から得られます。
このようにして、「3人の親から遺伝子を受け継いだ子ども」が生まれるのです。