本当に頭のいい人が重視するポイントとは?
私たちはふつう、自分の意見を持つと、それを守りたくなります。
自分の考えを裏づける情報だけを探し、反対意見にはつい身構えてしまいます。
これは多くの人にとって自然な反応です。
しかし、知能の高い人に共通して見られるのは、その逆の習慣でした。
彼らは、自分の信念を補強する証拠だけでなく、自分の考えを揺さぶる証拠を探そうとするのです。
「自分の考えは本当に正しいのか」
「反対側から見ると、どう見えるのか」
「自分はなにか見落としているんじゃないか」
このように、自分の立場をいったん疑い、新しい証拠に照らして結論を修正する思考傾向が「積極的なオープンマインド思考」です。
実際に先行研究では、高い知能と最も強く関連する思考傾向として、この積極的なオープンマインド思考が示されています(Journal of Educational Psychology, 1997)。
これは単に「何でも受け入れる」という態度ではありません。
むしろ、自分の考えを甘やかさず、証拠によって試し、必要なら修正するという、自分自身に対して厳しい知的態度です。
つまり、頭のよさは「いかに早く結論を出すか」だけでは測れません。
むしろ重要なのは、結論を出したあとでも、それを更新できるかどうかなのです。
「優柔不断」に見える人ほど、深く考えている
興味深いのは、こうした思考法が外から見ると、必ずしも「賢そう」に見えないことです。
たとえば、発言の前に少し間を置く人がいます。
ほかにも、意見をあっさり変えたり、「まだ断言はできませんが」と自信なげに話す人もいます。
こうした態度は、ときに優柔不断、意志が弱い、自信がない、と見なされるかもしれません。
しかし心理学研究では、それらはむしろ、思考がきちんと働いているサインである可能性があります。
なぜなら、その人はすでに決めた答えを守っているのではなく、新しい情報を取り込みながら、考えを調整し続けているからです。
この背景には、「知的好奇心」や「認知欲求」と呼ばれる性質も関係しています。
ここで重要なのは、単に新しい刺激を求めることではありません。
高い知性と関係していたのは、アイデアそのものに関心を持ち、自分の考えを正直に見つめ直す態度でした。
また、「認知欲求」とは、難しい問題を考えることを苦痛ではなく、むしろ面白いものとして感じる傾向を指します。
認知欲求が高い人にとって、説得力のある反論は、自分を攻撃するものではありません。
それは、考える価値のある材料なのです。
もちろん、「優柔不断なら頭がいい」という単純な話ではありません。
ただ、考えを変えることを恐れない人、断言を急がない人、反対意見を聞いて立ち止まれる人は、単に迷っているのではなく、情報をより深く処理している場合があります。
昨日と意見が違うことは、必ずしもブレている証拠ではありません。
新しい証拠に応じて考えを更新した結果かもしれないのです。
頭のいい人の思考法の「育て方」とは?
積極的なオープンマインド思考は、日常の行動にも表れます。
たとえば、自分と同じ意見の人だけでなく、違う経験や専門性を持つ人と話そうとします。
それは相手を論破するためではありません。
自分には見えていない視点を見つけるためです。
また、自分の考えに都合のよい情報だけでなく、それに反する情報も確認します。
「この主張を守るにはどうすればいいか」ではなく、「この主張が間違っているとしたら、どこが弱いのか」と考えます。
これは知的な謙虚さとも深く関係していることが、過去の研究で示されています。
知的謙虚さとは、自分の知識や判断には限界があると認め、反対意見にも敬意を払い、新しい証拠があれば自分の態度を修正できる姿勢のことです。
では、こうした思考法は私たちにも身につけられるのでしょうか。
結論を先にいうと、できます。
先行研究は、積極的なオープンマインド思考が固定された才能ではなく、ある程度は習慣として育てられることを示しています。
その第一歩は、反対意見に出会ったとき、すぐに防御姿勢を取らないことです。
「どう反論しようか」と考える前に、「この意見のどこに一理あるのか」と考えてみることです。
そして、自分が強く信じていることほど、あえて別の角度から見直してみることです。
知性とは、いつも正解を言い当てる能力ではありません。
間違いに気づいたとき、自分の考えを直せる能力でもあります。
自信満々に語る人は、たしかに有能に見えます。
流暢に話す人は、専門家のように感じるでしょう。
しかし、数十年にわたる心理学研究が一貫して示しているのは、もっと静かな知性の姿です。
それは「自分が間違っているかもしれない」と本気で考えられる力です。
頭のいい人は、正しさにしがみつく人ではありません。
間違いを恐れず、むしろ間違いを通じて、自分の考えをより正確にしていける人なのかもしれません。





















発明王エジソンが行ったとされる(伝説)の手に鉄球をもち半睡眠で落下したら覚醒する方法は脳が本来できない領域の思考を行う技術だと思う。これは偉大な天才の多くが半睡眠を睡眠時間が短いという説明でやっていたのではないかと最近思うようになった、長時間の覚醒が半睡眠なしとは思えない
複数の組織で働いた経験から言うと、これを体得するには所属するコミュニティに大きく依存すると思いますね
この話は理系的な発想の賢いだね。
でも賢いの形はいろいろあるはず。
タレントのさんまは即答して相手の考えを当てることがよくあったが
かなり複雑なのに瞬時に理解してるのが後でわかったときに恐ろしいなと感じた。
これがたまたまではないから不思議。
要は常に確認をするってことだよ
忘れ物はないかと確認するように
自分に落ち度がないかチェックする
恰好つけて言えば自己批判
頭のいい人でも二種類に分かれるってことだね。①人の話をちゃんと聞く、謙虚な人と…②人を見て相手によって態度を変えるので、けっこう人の話を聞く聞かないは場合によって違ってくるイヤなやつ。社会の中ではもちろん①の謙虚で頭のいい人よりも②の謙虚じゃなくて自分よりも立場が上の「上司にはペコペコして」自分よりも立場が弱い「部下や大人しい人には強く出て」傲慢になる人の(パワハラ・セクハラ)ほうが多いかな?意外と会社では②のタイプの人のほうが出世するからね…
マンガやドラマの描く賢い人の人物像は真逆だな。揺るぎない自信、迷いのない素早い判断、そしていつもそれが結果的に正しいシナリオ。もう飽き飽きしている。
頭のいい人でも二種類に分かれるってことだね。①人の話をちゃんと聞く、謙虚な人と…②人を見て相手によって態度を変えるので、けっこう人の話を聞く聞かないは場合によって違ってくるイヤなやつ。社会の中ではもちろん①の謙虚で頭のいい人よりも②の謙虚じゃなくて自分よりも立場が上の「上司にはペコペコして」自分よりも立場が弱い「部下や大人しい人には強く出て」傲慢になる人の(パワハラ・セクハラ)ほうが多いかな?意外と会社では②のタイプの人のほうが出世するからね…
こういう人らって聞きかじったものをすぐに試行する行動力あるんよな否定的に言えば自我が薄いっていうか
この思考法を要約したがるのはあんまり実践できてないような…
「自分が間違っているかもしれない」
いいかえると
ある事柄に対して、結論を急がないともいえるわけじゃないの?
あの人は、頭いい。なぜならこれこれこうだからだ。
と言い切る事はちょっと控える。
つまり
あの人にはこれこれこういう特徴がみてとれる。それが本当なら、ある側面において頭いい可能性があるとも
いえるかもしれない。
とか、そういう感じで、物事の在り方、見方、を保留して、曖昧なまま保持できる。
曖昧だと、一言に集約されない複雑さを含んだ、漠然とした状態で、全体像を把握できる。
さらに、同時にその像の解像度も高く、広く深く理解を進めているような状態。
それはつまり、頭いいという意味には合致するかもねと