ヒト細胞で作った「ミニ脳」を神経で接続――東京大学が見た「会話する脳オルガノイド」の世界
ヒト細胞で作った「ミニ脳」を神経で接続――東京大学が見た「会話する脳オルガノイド」の世界 / Credit:つながれた2つの脳オルガノイド
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ヒト細胞で作った「ミニ脳」を神経で接続――東京大学が見た「会話する脳オルガノイド」の世界

2026.02.06 18:30:25 Friday

日本の東京大学で行われた研究により、ヒトの細胞から作った2つの「ミニ脳」こと脳オルガノイドを、神経線維でつないでみたところ、ただ1個だけ育てたミニ脳より、より複雑で力強い電気活動があらわれたことが報告されました。

研究では2つのミニ脳が、ただの細胞の塊ではなく、まるで片方がしゃべり出すともう片方も応じ、互いに影響を与え合っているかの様子が示されています。

また研究では神経線維に一定のリズムで光で刺激したところ、そのリズムにあわせてミニ脳の活動が変わり、光を止めたあともしばらくその「記憶」が残るかのような様子まで観測されました。

これは人工培養されたヒトのミニ脳が接続によって、どれくらいネットワークの賢さを底上げしているのかを、試験管サイズのモデルで直接たしかめられるようになった、という意味を持ちます。

将来、脳細胞を使った新しいコンピュータのアイデアを試したりするうえでの、有望な一歩と言えそうです。

研究内容の詳細は『Nature Communications』にて発表されました。

ヒトの脳の仕組みを、作ってつないで理解する  軸索で相互接続された脳オルガノイドの活動 https://magazine.iis.u-tokyo.ac.jp/article/p_5558 つながれた2つの脳オルガノイド https://magazine.iis.u-tokyo.ac.jp/article/p_5854
Complex activity and short-term plasticity of human cerebral organoids reciprocally connected with axons https://doi.org/10.1038/s41467-024-46787-7

脳オルガノイドを神経で繋ぐ

脳オルガノイドを神経で繋ぐ
脳オルガノイドを神経で繋ぐ / Credit:ヒトの脳の仕組みを、作ってつないで理解する  軸索で相互接続された脳オルガノイドの活動

「片方がしゃべり出すと、もう片方もそれに合わせてしゃべり出す。時々同時に盛り上がる。」

人間の会話のよくあるパターンです。

は単に信号を発信するだけでなく、受け取った信号に応じた新たな信号を生成し続ける臓器だからです。

同じような「会話の盛り上がり」を1人の会話ごっこシミュレートすることはできますが、2人の会話とは違ったものになるでしょう。

人工的に培養されたヒトのミニ脳「脳オルガノイド」の活動も、単独でみられる現象は限られています。

実際、培養皿の上に置かれた2つの「ミニ脳」は、独立している時には比較的単調な活動が中心です。

しかし新たな研究では、そのあいだに細いトンネルをつくってみると、時間とともにニューロンの軸索がそこへ伸びていく様子が確認されました。

最初は一本、二本と頼りない糸のように見えていたものが、数週間たつと、トンネルの中には細胞の核をほとんど含まない「神経線維の束」が太いケーブルのように通り、その様子は、脳の内部を走る白い神経線維の道、いわば「ミニ脳専用の高速道路」です。

そのケーブルは最大でも直径0.12ミリほどで、人の髪の毛と同じくらいか少し細い程度です。

この高速道路がしっかり通ると、二つの脳オルガノイドの電気活動は、急ににぎやかになります。

一方のミニ脳でニューロンたちが一斉に「バチバチッ」と発火すると、ほんのわずかな遅れで、もう片方でも同じようなバーストが始まり、今度はそちらがきっかけになって最初のほうを巻き込むようになります。

研究では一方の脳オルガノイドの中でニューロンたちが一斉に「バチバチッ」と発火しはじめると、100〜200ミリ秒ほど遅れて、もう片方のオルガノイドでも同じような「バチバチッ」が始まる様子が観察されました。

しかも、いつも同じ側が先導するわけではなく、右がリードするときもあれば、左がリードするときもあり、ときにはほぼ同時に盛り上がる様子もみられました。

人間で例えるなら、右が話し役になる回もあれば、左がボケとツッコミを両方持っていく回もあり、たまに二人同時に笑い出して収拾がつかなくなる、そんな漫才コンビを見ているようです。

もちろん人間同士のような「言語を使用した会話」ではありませんが、電気のオンとオフのリズムが、片方からもう片方へと渡され、また戻ってきて、ぐるぐると回り始めた瞬間、そこにはもう単なる「細胞の塊」ではない、情報を送り合い通信する何かネットワークらしいものが生まれているように見えるように変わっていきました。

つながる脳オルガノイド
つながる脳オルガノイド / Credit:Complex activity and short-term plasticity of human cerebral organoids reciprocally connected with axons

このような複雑な活動は、2つの脳オルガノイドを単純に癒着させ、細胞数を増やすだけではみられないものです。

左右の脳オルガノイドが独立したまま連結されたからこそみられたとも言えるでしょう。

さらに面白いのは、「光でテンポよく刺激するとそれを覚える」様子も観察されました。

一定時間テンポを刻んだあと、光を止めても、オルガノイドたちはすぐ元のマイペースに戻ってしまうわけではありません。

しばらくのあいだ、さっきまでのテンポを引きずるように、少しだけ速いリズムでバーストを続け、その余韻がゆっくりと薄れていきます。

しかも、そのテンポ練習を何度かくり返してあげると、2回目、3回目には、最初のときよりもずっと早くリズムに乗れるようになります。

まるで、初めてのときには様子をうかがいながら演奏していたバンドメンバーが、二回目以降は合図と同時にジャーンと音を合わせられるようになる、あの感じです。

ただし、この「ちょっとだけ覚える」ふるまいにも個性があり、刺激を止めたあとにしばらく活発さが続くミニ脳もあれば、「次の練習で早くリズムに乗れる」ほうが目立つミニ脳もありました。

ここには、私たちが普段「学習」や「記憶」と呼んでいるものの、いちばん土台の部分が顔を出しています。

ミニ脳は言葉を理解しませんし、自分が誰かだという感覚も持っていません。

それでも、「あるテンポで刺激され続けた経験を、しばらくのあいだ引きずる」という形で、外からの出来事の痕跡を残すことはできるのです。

意味や物語を伴わない、ごく原始的な「覚え」のかたち――それを生み出しているのは、難しい思索ではなく、単純に「どことどこがつながっているか」「どのくらいの強さでつながっているか」という配線のパターンと、その配線を通って何度も行き来したリズムの記憶です。

加えて研究者たちは、トンネル内の神経線維を見分けやすいように光らせ、その先の細胞体を追跡することで、「ケーブルに実際に参加しているニューロン」の正体を突き止めました。

調べてみると、全体のニューロンのうちおよそ3割が、このケーブルに軸索を伸ばして参加していました。

また遠くの脳オルガノイドまで軸索を伸ばして束を作っているニューロンたちが、多くの場合、興奮性のニューロンであり、なおかつ成熟したニューロンの目印になるタンパク質を強く持っていることが示されました。

「遠くの領域まで長距離回線を伸ばしたニューロンは、他のニューロンよりも“しっかり発達した興奮性ニューロン”になりやすい」という傾向が、実験的に示されたわけです。

(※オルガノイドの中には興奮性ニューロンが60〜80%、抑制性は5〜10%程度:これは本物の大脳皮質の構成比に近い構成となっています)

この結果は、2つの脳オルガノイドを接続したことで、単独ではみられないニューロンの質的な変化が起きている可能性が示唆されたのです。

これは脳科学にとって重要な含みを持っています。

次ページ長距離接続がつくる「賢いネットワーク」と、人間性への手がかり

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