がん患者がアルツハイマー病を発症しにくい理由が見えてきた
がん患者がアルツハイマー病を発症しにくい理由が見えてきた / Credit:Canva
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がん患者がアルツハイマー病を発症しにくい理由が見えてきた

2026.02.04 20:00:04 Wednesday

がんになると、なぜかアルツハイマー病にはなりにくい――そんな一見ふしぎな関係が、医師や研究者のあいだで長年話題になってきました。

中国の華中科技大学(HUST)で行われた研究によって、そのナゾに迫る手がかりが見つかりました。

研究チームは、がん細胞が「シスタチンC」というタンパク質を血液中にたくさん放ち、その一部が脳に入り込んで、アルツハイマー病の原因候補とされるアミロイドβのかたまりを片づけさせている可能性が、マウスを使った動物実験で示されたのです。

いったい、がんが出すタンパク質はどのようにして脳の免疫細胞を動かし、アミロイドβの「ゴミ山」を減らしているのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年2月5日に『Cell』にて発表されました。

Peripheral cancer attenuates amyloid pathology in Alzheimer’s disease via cystatin-c activation of TREM2 https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.12.020

がん患者はアルツハイマー病になりにくいという長年の謎

がん患者はアルツハイマー病になりにくいという長年の謎
がん患者はアルツハイマー病になりにくいという長年の謎 / Credit:Canva

アルツハイマー病は高齢者に多い認知症の一つで、もの忘れが増えたり、道に迷いやすくなったり、性格が変わったように見えたりする病気です。

進行すると、日常生活そのものが難しくなっていきます。

アルツハイマー病になると脳の中では、大きく二つの「異常な変化」が起こっていると考えられています。

一つは「アミロイドβ」というタンパク質がベタベタとくっつき合い、固まりになってたまることです。

これを「プラーク」と呼びます。

もう一つは「タウ」というタンパク質が変形し、神経細胞の中で糸くずのようなからまりを作ることです。

どちらも、神経細胞同士の情報のやり取りを邪魔し、やがて細胞そのものが死んでいきます。

今回の研究が主に注目しているのは、このうち前者、アミロイドβの塊(プラーク)です。

では、そのアミロイドβはどこから来るのでしょうか。

実は、アミロイドβは完全な「異物」ではなく、もともと脳の細胞が作っている大きなタンパク質が、切り分けられたときに生じる「切れ端」です。

ふつうは少しずつ作られ、少しずつ分解されて、量のバランスが保たれています。

しかし加齢や遺伝の影響などで、このバランスが崩れると、余ったアミロイドβが溶けきれず、小さな塊になっていきます。

これがさらにくっつき合って大きな塊(プラーク)になると、神経細胞にとって毒のように働くと考えられています。

脳には、このような「タンパク質のゴミ」を片づける係もいます。

それが「ミクログリア」と呼ばれる細胞です。

ミクログリアは、脳の中の免疫細胞で、細菌などの侵入者を攻撃したり、死んだ細胞の残がいを食べたりする、いわば「掃除屋さん兼警備員」です。

このミクログリアの表面には、「TREM2(トレムツー)」というスイッチのようなタンパク質がついています。

TREM2に特定の分子がくっつくとスイッチが入り、ミクログリアは「本気の掃除モード」に切り替わって、アミロイドβの塊などを積極的に飲み込んで分解します。

逆に、このTREM2の働きが弱い遺伝子変異を持つ人では、アルツハイマー病になりやすいことが報告されています。

しかし、今のところ「TREM2を安全にオンにしてくれる、治療薬として使いやすい都合のよい分子」はほとんど見つかっていません。

さて、この話とは一見関係なさそうですが、「がん」と「アルツハイマー病」のあいだには、昔から医師たちが気にしてきた不思議な関係があります。

カナダの神経科医ドナルド・ウィーバー氏は、この謎に長年ひっかかりを覚えてきたひとりです。

研修医だったころ、上司の病理学者から「アルツハイマー病の患者さんって、あまりがんになっていない気がする」と何気なく言われたのをきっかけに注目し始めました。

その後、自らも何千人ものアルツハイマー病患者を診てきましたが、「がんも経験している」と胸を張って言える症例は、ほとんど思い出せないと振り返っています。

その後、大規模な調査がいくつも行われました。

たとえば、2020年に発表された解析では、合計960万人以上の人のデータをまとめると、「がんと診断されたことがある人」は、そうでない人に比べて、その後アルツハイマー病を発症する割合が11%ほど下がっていたと報告されています。

統計に詳しい人は「がんで早く亡くなってしまうと、アルツハイマー病が出てくる年齢に達しないまま人生を終えるだけなのでは?」と思うかもしれません。

もちろん、そういうケースも多いでしょう。

しかし、がんで早くなくなることなど、数の幻の原因となる複数の偏りを点検した上でも「がんとアルツハイマー病が同じ人に起こることは少ない」という傾向はなお残っていたのです。

そこで浮かんでくるのが、「もし本当に守っているとしたら、どんな仕組みなのか?」という問いです。

がんとアルツハイマー病は、どちらも高齢になるほど増える病気で、細胞の増え方やエネルギーの使い方に共通点もあります。

さらに、がん細胞はたくさんのタンパク質を血液中に放出しており、その中には脳にまで届くものもあるかもしれません。

ならば、「がんが出す物質のどれかが、脳の中で何か良い働きをしているのでは?」という発想が出てきます。

そこで今回研究者たちは、「がんのある体から、脳へ何か“守りの信号”が送られているのではないか?」という長年の予想を科学的に検証することにしました。

次ページがん細胞の出す物質が脳をアルツハイマー病から守っていた

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