シスタチンCが開くアルツハイマー病治療の可能性

今回の研究の一番大きな意義は、「がんの人はアルツハイマー病になりにくいらしい」という、長年“統計の数字”として語られてきた現象に、分子レベルの説明の一つの候補が示されたことです。
体のどこかにあるがんがシスタチンCというタンパク質をたくさん分泌し、それが血液を流れて脳に入りこみ、TREM2というスイッチを通してミクログリアのゴミ掃除を強めます。
その結果としてアミロイドβのプラークが減り、記憶力もある程度守られる──という流れが、マウスの実験でかなりはっきりと示唆されました。
この研究は将来の治療法を考えるうえで重要なヒントをくれます。
現在のアルツハイマー病の薬は、「アミロイドβが新しくたまるのを防ぐ」「作られる量を減らす」といった方向が中心です。
それに対して、シスタチンCはすでにできてしまったプラークにくっつき、ミクログリアのTREM2を通じて「今あるゴミ山をどう片づけるか」に働きかけます。
研究グループを率いるルー博士らは、「体の外側にできたがんが分泌するシスタチンCが、脳のミクログリアを通じてすでにできてしまったアミロイド斑を分解させる。これは、これまでの“アミロイドがたまらないようにする”戦略とは違う、新しい治療の道を示している」とまとめています。
もっともアルツハイマー病と診断されたら「シスタチンCを注射しよう」と勝手に判断するのは危険です。今回の結果はすべてマウスでの実験であり、人間の脳でも同じことが起こるとはまだ言えません。またたとえシスタチンCが人間の脳内でミクログリアのお掃除能力を高める効果があったとしても、適切な量でなければ危険です。シスタチンCによってミクログリアがお掃除を頑張り過ぎて、脳にダメージを与えてしまう恐れもあるからです。
それでも、この研究は「がん神経科学」という新しい分野の広がりを象徴しています。
これまで人間は植物や細菌の作る成分を薬に転用してきました。
たとえば、最初の本格的な抗生物質として知られるペニシリンは、青カビが分泌する物質から見つかりましたし、マラリア治療に使われてきたキニーネは、南米のキナノキという樹木の樹皮に含まれる苦い成分が元になっています。
また、コレステロールを下げる薬として広く使われているスタチン系の薬は、カビの仲間がつくる物質からヒントを得て開発されたものです。
このように、「自然が偶然つくってしまった化学物質」を見つけてきて、人間が少し手を加え、病気の治療に役立てるという流れは、医学の歴史を通じて何度も繰り返されてきました。
今回の研究はそのあくなき探索に「がん細胞」が含まれ得ることを示します。
もしかしたら未来の薬局では、がん細胞由来の様々な薬が商品棚に並んでいるかもしれません。
























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