実験に用いた「フレンチドロップ」のやり方
今回の研究主任であるイライアス・ガルシア=ペレグリン(Elias Garcia-Pelegrin)氏は「進化上のいとこにあたる霊長類が手品をどう認識するか調べることで、手品師のトリックに騙されてしまう認知機能の進化的ルーツを明らかにできる」と話します。
この研究を進めるにあたって、チームが実験に用いたのが「フレンチドロップ」という有名な手品です。
これは握り拳の中に10円玉などを隠して「どっちだ?」と子供がやる手遊びの延長にある手品の芸です。
この手品では最初左手に摘んでいたコインを右手で掴み取ったように見せかけて、「握った両手のどちらにコインがあるでしょう?」と相手を翻弄します。
普通に一連の動きを見ていれば、掴み取った右手の中にコインはあると考えます。
しかし実際はコインをつまみ取るふりをしただけなので、コインは元の手に残ったままです。
こうしたトリックは、「騙しているな」と裏読みでもしない限りほとんどの人は容易に騙されてしまうでしょう。
ペレグリン氏らはこのフレンチドロップをサルに見せて、どんな反応を示すか実験しました。
ヒトと手の構造が違うサルは騙されない!
実験では、手の構造がそれぞれ異なるオマキザル・リスザル・マーモセットの3種(各種8匹の計24匹)を対象とします。
ただしサルたちはコインが消えようが移動しようが興味ないので、ここでは好物のエサを用いました。
オマキザルにはピーナッツを、リスザルには乾燥したミールワームを、マーモセットにはマシュマロをコイン代わりにします。
オマキザルは非常に手が器用なことで知られ、指の1本1本を自在に動かし、ヒトと同じく親指を他の4本に相対するように動かすことが可能です。
リスザルはオマキザルほど器用ではなく、親指の可動域にも制限がありますが、それでも4本の指に相対して動かすことができます。
一方でマーモセットはこの2種と比べると不器用で、5本の指が等間隔に並んでおり、親指を4本の指の真向かいに持ってくることができません。
そして人間の手は当然ですが、4本の指と相対させて親指を稼働させることができます。
つまりオマキザルとリスザルは人間と非常によく似た手の構造をしていますが、マーモセットだけは人間とは異なる手の構造をしているのです。
そして実験の結果、手の器用なオマキザルは81%の確率でフレンチドロップに騙され、好物のピーナッツを得ることに失敗しました。
リスザルはオマキザルよりさらに引っかかりやすく、93%がフレンチドロップに騙されています。
ところが不思議なことに、最も無器用なマーモセットはフレンチドロップにほとんど引っかからず、騙される確率もわずか6%に留まったのです。
ほぼ全員が元の手にマシュマロが残されていることを見破り、好物のゲットに成功しました。
そこでチームは少し趣向を変えて、今度は手品を使わず見た目通りに掴んだ手の方にエサが握られているバージョンのフレンチドロップを行ってみました。
すると結果は逆転し、オマキザルとリスザルは報酬をゲットできて、マーモセットはゲットできなくなったのです。
チームは最後に、4本の指と親指でコインをつまむ従来のやり方ではなく、5本の指で完全に握り込む「パワードロップ」という独自のバージョンを考案しました。
これは3種のサルすべてに可能な動きですから、手の構造の違いは関係なくなります。
その結果、チームの予想通り、3種すべてがトリックに引っかかりやすくなったのです。
以上の結果からチームは、サルをある種の手品に引っかけるには、ヒトと同じ手の構造を共有している必要があると結論しました。
オマキザルとリスザルは4本指に相対する親指の動きができるので、フレンチドロップを見て、私たちと同じように「あっ、今コインを移動させたな」と考えられます。
反対にマーモセットは、4本指と親指でコインを挟む動作ができないために「コインを移動させた」とは認識できないのでしょう。
こうした「どっちだ?ゲーム」は、飼い犬を相手に楽しむ人もよく見かけますが、今回の研究結果を踏まえてペットと遊んでみると面白い発見があるかもしれませんね。