器具がなかった時代の「帝王切開」
出産はいつの時代も命がけですが、劣悪な衛生環境やモルヒネがなかった時代はさらに深刻なものでした。
とくに難産の場合の帝王切開は、妊婦にとっても医師にとっても地獄のような作業です。
アメリカにおける最初の帝王切開の記録が、1830年度版の『Western Journal of Medical and Physical Sciences』に残されています。
それによると、嵐の中運ばれてきた妊婦の出産が何時間経っても進まず、当時のジョン・L・リッチモンド医師は、女性の命が危険に晒されていると判断しました。
リッチモンド氏は「深く厳粛な責任感を感じ、深夜1時頃に一般的な切開器具だけで帝王切開を開始した」と記録しています。
氏はハサミの刃をあてがって女性の腹部を開こうとしましたが、「ハサミが通常より大きくて扱いづらく、女性も太っていて大柄で、助手もいなかったことから、妊婦と胎児の両方を救うのは不可能」と判断しました。
結局、氏は「母親のいない子供より、子供のいない母親の方がまだ良い」と考え、女性の命を救い、胎児は死産となっています。