古代ローマのイヌが3タイプに分けられた
現在の定説によると、イヌの祖先は約2万〜4万年前にオオカミから進化したとされています。
人間の残した食糧を漁りに近寄ってきたオオカミの一群が、徐々に飼い慣らされてイヌになったという説が有力です。
それ以来、人の手による交雑が進み、多種多様な犬種が生み出されてきました。
特に、イヌを目的に合わせてシステマチックに繁殖させ、品種ごとの資質や機能を初めて記録したのは古代ローマ社会と言われています。
古代ローマの詩人ウェルギリウス(BC70〜BC29)の『農耕詩(Georgics)』によると、ローマ人はイヌを3種類に分けていました。
1つ目は大型で重量のある農業犬(Canis villaticus)、2つ目は速くて強い牧羊犬(Canis pastoralis)、3つ目は中型以上の猟犬や番犬(Canis venaticus)です。
ところが平たい顔の犬種については、当時のモザイク画やフレスコ画、彫刻、資料などを見ても残されていません。
ブルドッグのような犬種は、その名の通り雄牛(ブル)と戦うことが目的で作られたイヌです。顔を平たくすることで、大きな獲物に長く食らいつきやすくしたというのがその経緯です。
これは主に見世物の戦いが目的だったため、ローマ時代から短頭種を繁殖させていたとは考えられていませんでした。
短頭種というマズル(鼻先)の長さをもとにイヌを「短頭種・中頭種・長頭種」の3タイプに分けたのが、現在存在するほとんどの犬種が登場した19〜20世紀以降のことなので、特にローマ時代の短頭種の発見には、研究者たちも驚きを感じているようです。
最古の「短頭種」の骨を発見?
この骨の発見自体は、2007年のことでした。
研究チームは、トルコ西部にある古代ローマ時代の都市「トラレス(Tralleis)」の遺跡からイヌの頭蓋骨を発見したのです。
ただ、この骨は調査されないまま保管されていました。そして2021年になって本格的な分析が開始されたのです。
その結果、このイヌは現在のブルドックやパグ、シーズー、チャウチャウなどを代表とする平たい顔を持つ「短頭種」であることが判明したのです。
頭蓋骨を現代の短頭種と比較したところ、多くの点でフレンチブルドッグに最も似ていることが分かっています。
炭素年代測定では、およそ1942年から2118年前に亡くなったと示唆されました。
歯や他の骨の分析から、亡くなる前にやっと大人になったばかりで、体長はかなり小型だったようです。
また骨の状態が非常に良好で、飼い主によって大切に世話されていたことが分かりました。
実際、この頭蓋骨はある人物の遺体の側に埋葬されていたことから、その人が飼い主であり、主人が亡くなったときに一緒に埋められたと推測されています。
先ほど言ったように、ローマ時代のイヌの大半は農業や狩猟のために酷使されていたので、残された骨はどれも傷だらけなのが普通です。
研究者はこの発見を受けて、「科学的に確認されている短頭種の骨としては最も古いものであり、古代ローマ人が初めて平たい顔のイヌを繁殖した可能性がある」と指摘しました。
ただ、短頭種がこの時代に存在していなかったと考えられているわけではありません。
資料を少し調べてみれば、平たい顔の一種であるパグは紀元前600年頃にはすでに中国の宮廷で飼われていたと伝えられています。
しかし、これは科学的に検証されている事実ではなく、骨の発見がありそれを分析した結果報告ではありません。
特にローマ時代について、短頭種に関する明確な記録や発見の報告はあまりないため、今回の研究が貴重な発見であることには違いありません。
ではローマ人が短頭種を作り増やしたのかというと、これについても一口に「平たい顔」の犬種と限定できるわけではないため、短頭種のルーツについて考えると、それを一つに絞るのは困難です。
では、現時点で分かっている範囲で、短頭種の起源や繁殖した目的、短頭種であることのデメリットについて最後にまとめていきましょう。