世界終末が迫っても多くの人類は道徳を放棄しない
もし明日世界が終わるとしたら、貴方はどのように過ごすでしょうか?
野蛮な殺し合いや略奪に興じるでしょうか? 溜め込んだ財産をすべて使い切って豪遊するでしょうか? 大切な誰かと静かに最期のときを過ごすのでしょうか?
「世界が終わる時、人間はどのように振る舞うのか?」この問題は、何世紀にもわたって哲学の重要な話題になってきました。
行動に対する罰もなく、未来もない状況でも人々は最後まで道徳を維持するのか、これは幾度となく議論が交わされてきた問題です。
しかし残念なことに、実際に何が起こるかは世界終末が訪れないとわかりません。
そこで今回、ニューヨーク州立大学の研究者たちは、MMORPGという小さなゲーム世界の終焉を分析し、参考とすることを思いつきました。
調査対象となったのは、XLGamesが開発したArcheAgeの試験運用サービス(クローズドベータテスト)であり、終焉を迎えるまでのプレーヤーの行動が記録されました。
試験運用サービスの終了(あるいみで「サ終」)にともない、プレーヤーたちは自らの分身であるアバターをはじめゲーム内の全てのデータを削除されることになっています。
アバターの削除を自らの死、全てのデータの削除を世界の終焉ととらえるならば、MMORPGの終了は、世界終焉時の人々の行動を理解するのに役立つはずです。
調査に当たっては、ゲーム内でのプレーヤー行動にかんする2億7000万件の記録を分析し、世界の終焉が迫ったときにプレーヤーの行動パターンにどんな変化が現れるかを調べました。
すると上の図のように、世界終末を迎えるプレーヤーたちには「よくみられる行動」と「あまりない行動」が存在することが判明します。
よくみられる行動には「散財系」のものが多く、最後に豪遊を楽しんでいる人々が多くいることがわかります。
一方、古くから世界終焉時に人々がどんな行動を取るかという問題については、いくつかの予想が存在しています。
1つは道徳を放棄した暴動のような行動が全体に広がるというもので、これはフィクションでもよく描かれる終末世界の典型的なイメージでしょう。
しかし、分析によると殺人(PK)など反社会的行動に興味を持つようになる人は少数に留まっていました。
この結果は、世界終焉時に危惧されていた道徳の全面的な崩壊は起こらない可能性が高いことを示しています。
また、別の予想では、世界が終わりを迎えても人々の行動は「なにも変わらない」とする説も存在しています。
この説では「世界終焉が迫っても、人々はいつもどおり仕事に行ったり、朝の日課のジョギングをしたり、来年の収穫に向けて畑に種をまく」とされています。
しかし研究者たちがデータを分析したところ、プレーヤーたちはレベルアップやクエスト受注など、日常的に行っていたアバターの成長やゲーム内報酬につながる行動を放棄していることが明らかになりました。
この結果は、世界が終わる直前には、人々は自らの成長につながる行動や日常的な業務の遂行に興味を失ってしまう可能性を示します。
ですが最も興味深い洞察は「解約者」と「最後の瞬間までいる人」の比較によって得られました。
ゲーム世界の終焉が迫ると、終焉に先んじて自らのアバターやアカウントを自分の意思で消去してしまう「解約者」と呼ばれる人々がいることが知られています。
放っておいても消えてしまうデータを、サービス終了前に「わざわざ」時間を割いて自分で削除するという行動は、極めて興味深いものです。
今回の研究では、この興味深い「解約者」にフォーカスしてどんな行動変化がみられるかを調べてみました。
すると自らの意思で早期に終了する「解約者」たちは「最後の瞬間までいる人」に比べて、自らのアバターを削除する直前に、他のプレイヤーに対する「殺人(プレーヤーキル)」など反社会的行動を行う確率が非常に高いことが判明します。
研究者たちはゲームを自分の意思で早期に終了した人々は「責任感とゲームへの愛着」を失ってしまっており、それが反社会的行動につながったと述べています。
※類似する行動に拡大自殺という他者を巻き込んだ自殺が存在することが知られています。
一方、大多数の人々は終わりの時が近づくにつれて、社会的なグループ(ギルドやパーティー)の人々とチャットを行い、幸せな感情を示すことがわかりました。
そして世界の終わりが目前に迫ると小さなチャットグループ数がピークに達し、最後の瞬間まで仲間との絆を確かめ合っていたのです。
この結果は、本当の世界終焉の際にも、多くの人々は自分の大切な人々と一緒に過ごすことを選ぶ可能性が高いことを示唆します。
現在、多くの人々が仮想世界を通じて利害や人間関係を形成しています。
ネトゲを使った研究というと、ふざけたもののように感じる人もいるかもしれませんが、仮想世界を使った社会学研究は今後も、より多くの知見と洞察をもたらしてくれる「生きた実験室」となってくれるでしょう。