実験によりハダカデバネズミ独特の特徴が判明
熊本大学の三浦恭子教授は日本のハダカデバネズミ研究の権威です。
熊本大学は国内で唯一ハダカデバネズミを研究用に飼育している大学で、ハダカデバネズミといったら熊本大学の三浦教授といっても過言ではないでしょう。
三浦教授ら研究チームが、どのような実験でハダカデバネズミの細胞死やその原因について判明したのか、その研究内容を紹介します。
ハダカデバネズミは老化細胞を殺す
まず、マウスとハダカデバネズミの細胞に、細胞のDNAを損壊させる薬品を低濃度添加し、人工的に細胞老化を誘導しました。
DNAを意図的に損壊させることで、老化に似た状態を作り出すことが可能となるからです。
すると、マウスの細胞死の割合は1割のままで増加しなかったにも関わらず、ハダカデバネズミのほうでは細胞死が優位的に増加しています(下図参照)。
そうなると気になるのが「なぜハダカデバネズミの細胞が死にやすくなっているか?」です。
研究者たちがさらに細胞を調べたところ、老化したハダカデバネズミの細胞内では、自らを殺す毒素を出していることがわかりました。
ハダカデバネズミの老化細胞の処分方法は「毒殺」
老化細胞を殺す毒素は、意外な原料が出発点になっています。
その原料とは、脳内伝達物質として有名なセロトニンです。
ハダカデバネズミのまだ老化していない細胞ではほかのマウスに比べセロトニンという物質が蓄積している状態にあり、老化が進むとセロトニンが減少することも分かりました。
つまり、ほかのマウスにはないハダカデバネズミの細胞独特の特徴として、「セロトニンが多く蓄積されているが、細胞の老化が進むとその多くが分解される」ということがあります。
ただし、ハダカデバネズミの細胞死はセロトニンの減少が直接の原因ではありません。
セロトニンがモノアミン酸化酵素(MAO)という分解酵素を使って分解されるとき過酸化水素(H2O2)を発生させます。
この過酸化水素(H2O2)がハダカデバネズミの老化細胞にとっては致命的となります。
過酸化水素(H2O2)は生体にとって毒性が強いことが知られていますが、ハダカデバネズミの細胞はほかのマウスに比べ過酸化水素(H2O2)の活性に著しく弱いのです。
ではもしハダカデバネズミの老化細胞で、過酸化水素(H2O2)が出ないようにしたら、老化細胞は死ななくなるのでしょうか?
そこで、ハダカデバネズミの老化細胞に過酸化水素の発生を抑える抗酸化剤、もしくはモノアミン酸化酵素(MAO)を阻害する薬剤を投入したところ、どちらも細胞死が起こる率が著しく下がる結果となっています。
上図によると、モノアミン酸化酵素(MAO)を抑制したもののほうが細胞死が減っています。
そのため、ハダカデバネズミの老化細胞が細胞死するためには、モノアミン酸化酵素によって生じる過酸化水素(H2O2)が重要な役割を果たしていると判明しました。
今後の展望
今回の研究で以下のことが分かりました。
・ハダカデバネズミに老化細胞が少ないのは、細胞死により老化細胞を殺しているから
・ハダカデバネズミの細胞死はモノアミン酸化酵素によって生じる過酸化水素(H2O2)が原因である
ハダカデバネズミに関する研究ですが、この研究はヒトに応用されるのではないかと期待されています。
近年ヒトの老化改善のために老化細胞除去薬の開発が進めらていますが、まだ安全性には問題がある状態です。
一言に老化細胞といってもさまざまな役割があり、組織の修復などに必要な老化細胞もあります。
一律に老化細胞を除去してしまっては、逆に健康を害する可能性があるかもしれません。
ハダカデバネズミの老化細胞除去に関する研究が進んでいき、どのタイミングで除去するのか、どのように除去するのか厳密なメカニズムが判明すれば、人間に応用できる日が来るかもしれません。