新しいタンパク質をゼロから設計する
AlphaFold2はAI技術を使ってDNAやアミノ酸の配列をコピー・アンド・ペーストするだけで、タンパク質の構造を予測してくれました。
しかしベイカー氏の業績はある意味でその逆でした。
ベイカー氏が作った「ロゼッタ」と呼ばれる仕組みは研究者たちがタンパク質の構造をコンピューターに入力することで、必要となるDNA配列やアミノ酸配列を教えてくれるものでした。
(※初期型のロゼッタはAlphaFold2と同じようにアミノ酸配列からタンパク質構造を予測するために開発されましたが、その後の改良により「逆」が可能になりました。そしてノーベル賞はその改良に対して送られています)
より簡単に言えば、AlphaFold2が設計図からタンパク質の構造を教えてくれる仕組みであるならば、ロゼッタはタンパク質の機能や構造から設計図を逆算して教えてくれる仕組みだと言えるでしょう。
確かに素晴らしい発明ですが、AlphaFold2に比べてロゼッタの使い道を思いつかないひとも多いでしょう。
しかしここでいう「タンパク質の構造」というのは、想像上のものでも構いませんでした。
たとえば研究者がこれまでの研究データをもとに「こんな構造をしたタンパク質がもし存在していたらいいのになぁ」と思っていたとします。
これまでは、そんな空想上のタンパク質は空想のままでした。
しかしロゼッタが開発されたことで「研究者が思い描く理想の構造をしたタンパク質」を入力すると、その設計図がDNA配列やアミノ酸配列の形で一瞬で作られるようになったわけです。
必要となるDNA配列がわかれば、空想を現実にするのは簡単です。
DNA合成技術の進歩により現在では、人類は自分の好きな並びをしたDNA配列を人工合成することが可能になっています。
ロゼッタから吐き出された設計図をDNA人工合成装置に入力すると、その通りのDNA配列が完成します。
研究者たちはそのDNAを取り出し、細菌などのDNAに組み込んで培養しました。
すると細菌たちは組み込まれた合成DNAを自分のDNAと誤認して、設計図通りのタンパク質を作ってくれるのです。
結果、研究者たちの脳内にだけ存在した空想上のタンパク質が現実世界に出現できるようになりました。
これは製薬の分野にとって革命です。
実際、ベイカー氏の研究室は全く新しいタンパク質の設計を進め、インフルエンザの複数の株に結合して感染を抑えられるタンパク質、微生物の二酸化炭素の吸収量を高めるタンパク質などを生み出すことに成功しました。
さらに近年では、新型コロナウイルスのスパイク部分に結合して細胞への侵入を防ぐタンパク質も創出することに成功しています。
もし病気の原因となる中性脂肪や血栓、アミロイドβなどを素早く分解してくれるタンパク質(しかも免疫に敵認定されないように調節済み)などを開発することができれば、多くの人々の健康向上に役立つでしょう。
さらに水を浄化する機能があるタンパク質、プラスチックを分解できるタンパク質など自然界にまだ存在しないものの、存在すれば役に立つと考えられていたタンパク質の創造なども期待されます。
まるでドラえもんの道具みたい