ドーパミンで急速な固化反応を実現
ただ問題はフィブロイン溶液とアセトンの固化反応が数時間かけてゆっくりと起こることでした。
これではスパイダーマンのように瞬時に絹糸を発射することはできません。
そこでチームは以前から接着剤の製造に使われている「ドーパミン」を用いることにしました。
これは意外に聞こえるかもしれません。
ドーパミンは一般に脳内の神経伝達物質として知られ、やる気や集中力、気分の高揚などに寄与しています。
しかしドーパミンは自然界の生物も普通に作っており、特に化学分野ではそのドーパミン構造が接着剤の材料として役立つことがわかっているのです。
例えば二枚貝から分泌されるドーパミン含有タンパク質は水中でも安定した接着力を発揮することができます。
そしてドーパミンには溶液から水分を勢いよく引き離す働きがあるため、チームがフィブロイン溶液にドーパミンを混ぜたところ、急速な固化反応が生じることが確かめられたのです。
いよいよ、ウェブシューター実践!
次はいよいよ実践です。
チームは注射器のような容器にフィブロイン溶液を入れて、針の部分にアセトンの層を仕込みました。
またフィブロイン溶液を注射器から押し出すタイミングでドーパミン溶液と混ざって反応するよう、下のように別のチューブを針の部分につなげます。
そしてフィブロインとドーパミンが混ざった溶液が針穴のアセトン層に触れることで固化反応の引き金が引かれます。
固化反応により水分が空気中で急速に蒸発し、粘着性のある糸状の繊維だけが残され、接触するあらゆる物体に付着するのです。
さらにチームはフィブロイン溶液にキトサンという化学物質を加えて繊維の引張強度を最大200倍に、それからホウ酸緩衝液を加えて接着性能を約18倍にまで高めました。
これにより、糸状の繊維は自重の80倍以上の重さを持ち上げることに成功しています。
こちらは固化した糸状繊維がメスを持ち上げる様子です。
実証テストではメスの他、鉄のボルトやガラス容器、木のブロックなどを高さ約12センチの距離から持ち上げることに成功しています。
また糸状繊維の太さは針の穴に応じて様々に変更でき、実験ではヒトの髪の毛ほどの細さ〜最大0.5ミリメートル幅まで対応できることがわかりました。
研究者によると、糸状繊維の強度はまだ本物のクモ糸の強度よりも約1000倍ほど弱く、現段階では何らかの役に立つ実用化も不可能とのことです。
それでもチームはウェブシューターを再現する動作原理の開発において、大いなる一歩を踏み出しました。
あとは今後の研究によって、糸状繊維の強化や接着距離の改良をどんどん進めていくことです。
その暁にはスパイダーマンのウェブシューターと同等の技術レベルが達成できるかもしれません。
そうなれば、未来の世界ではウェブシューターがレスキュー隊の標準装備になり、スパイダーマン顔負けの活躍をしているかもしれません。