進化自体が進化するメカニズム

今回の研究で使われたのは、Avidaと呼ばれるデジタル進化のプラットフォームです。
これは、小さなコンピュータプログラム(“デジタル生物”)が自分自身を複製し、その際にランダムな“突然変異”を起こしながら増えていく仕組みを再現したものです。
たとえばバクテリアが培地の中で繁殖しながら進化していく様子に似ていますが、コンピュータ上では時間を大幅に短縮でき、研究者が環境条件を自由に設定して何万世代にも及ぶ進化を観察できます。
研究チームはこのAvidaを用いて、環境Aと環境Bという対照的な条件を交互に繰り返し与える設定を作りました。
論文では、特定の論理タスクを行うと“報酬”が得られる一方、逆のタスクを行うと“ペナルティ”を受けるといった仕組みを設定していますが、本記事では理解を助ける比喩として「青いベリーが有利な環境A」「赤いベリーが有利な環境B」というイメージを用いて説明しています。
実際の研究がベリーを扱ったわけではない点に注意が必要ですが、要は一方が“プラス”で一方が“マイナス”になる環境を交互に与え、その切り替えの速さやパターンを複数用意したのです。
そうすると、環境が中くらいの頻度で切り替わるシナリオにおいて、デジタル生物たちの「進化しやすさ」がとくに高まることがわかりました。
どちらの環境に変化してもスムーズに適応できるような形質が集団に備わったり、突然変異率がほどよく高い状態を維持し続けたりする現象が確認され、一方で環境が極端に速く変わったり、逆にほとんど変わらなかったりする場合には、進化しやすさを大きく高めることが難しかったのです。
さらに興味深いのは、一度高まった進化可能性が、その後の世代を経てもそう簡単には失われないという点です。
これは、生物(デジタル生物も含む)が「今の環境への適応」と同時に「次の変化に備えておく」しくみを維持することで、結果的に“進化が進化を助ける”ような構図が成り立つからだと考えられます。
以上の結果から、進化が進化する、つまり「進化しやすさが進化する」という仕組みを理解する鍵は、二つの異なる進化の経路が同時に働くことであることがわかってきました。
まず一つ目の経路は、突然変異率を上げる、いわゆる“くじ引きの回数”を増やす戦略です。
多くの突然変異はハズレですが、まれに現れる“大当たり”を引く確率を高めれば、環境がガラッと変わったときに有利に立てる可能性が上がります。
もちろん突然変異率があまりに高すぎると有害変異も増えますが、環境がコロコロ変わる状態では、“当たり”の恩恵がハズレのリスクを上回ることがあるのです。
もう一つの経路は、遺伝情報の“境界”にとどまり、小さな変異で別の適応形質に切り替えやすいような場所に居座るというものです。
これは「境界をサーフィンする」ようなイメージで、今の環境と将来の環境の両方に適応しやすい遺伝子配置をキープしておくことで、環境が切り替わった際にも素早く乗り換えられます。
研究チームによると、この二つの経路(突然変異率の上昇と境界サーフィン)が同時に機能するのは、とくに中くらいのペースで環境が変わる状況とのこと。
激しすぎる変化ではどちらの戦略も追いつかず、逆にほとんど変化しなければ高い変異率を維持するメリットが薄れます。
結果的に「環境が程よく繰り返し変化する」状態こそが、進化が進化しやすさを磨く最適なレッスンになるというわけです。
たとえば沼地が定期的に乾いたり水没したりする環境にいる生命では、適度に水がある沼地状態と水が不足する乾燥状態、そして水没する状態に対応する多様な遺伝子を蓄積するようになります。
実際にDNAが学習するわけではありませんが、結果的には遺伝子に進化を促す情報が蓄積されていくことになります。