水ワイヤーはエネルギーや情報を運ぶ基礎になっている

研究チームが挑んだのは、「エネルギーの高い紫外線(正確には真空紫外域に近い)を使って水の光吸収スペクトルを測定し、そこから水分子のワイヤー構造を見つけ出す」という方法です。
波長が極めて短い光を使うことで、水分子間のチャージトランスファー(電子と正孔の交換)を鋭敏に捉えることができます。
正孔は電子が抜けたあとに残る“穴”のようなもので、粒子と同じように振る舞いますが、水分子が一直線に並ぶと、これらの電荷が分子間を集団的にリレーしていくわけです。
また、GW-BSE法という先端理論を組み合わせることも大きなポイントでした。
多くの電子が互いに影響を及ぼし合う“多体効果”を正確に扱うことで、計算機上で水分子がどのように動き、どのように励起し合うかを詳細に再現できます。
そして、実際の光吸収スペクトル(新旧の実験データ)と理論計算を照らし合わせることで、液体から低温の氷に至るまでのあらゆる状態で、分子のワイヤー形成がどんなふうに進んでいるのかを読み解くことに成功したのです。
その結果、約8 eVという高いエネルギー領域で特に大きな吸収ピークが観測され、これは分子同士がチャージトランスファーによって集団的に励起している証拠だとわかりました。
氷の相になると、分子が秩序正しく並ぶために、この集団励起がいっそう強まります。
さらに低温下(80K程度)で安定する「氷XI(アイス・イレブン)」では、プロトンが整然と配列することで水分子の電気双極子が揃い、ワイヤーが長く連なるほど電子と正孔のリレーが促進され、いっそう強い吸収ピークが現れるのです。
なぜこれが革新的なのか。
それは水分子同士の関係を、単に“分子単位”ではなく、“ネットワーク”として一斉にとらえるのは従来難しかったからです。
しかし今回、紫外線での光吸収スペクトルからワイヤー構造が読み解けるようになり、水分子の連鎖を集団的な動きとして把握できる新たな視点が得られました。
これは生体や工学の分野で水が担う機能を再発見する上で、大きな一歩といえるでしょう。