“強制給餌”の倫理問題:それでも欲されるフォアグラ

フォアグラと聞くと、多くの人が「濃厚でクリーミーな舌触り」を思い浮かべるのではないでしょうか。
実際、古代エジプトやローマ時代の記録にもその贅沢な味わいを示す証拠が見つかり、長い歴史の中で美食家たちを虜にしてきました。
しかし、一方ではガチョウとカモの肝臓を肥大させるための強制給餌が大きな倫理問題となっており、現在では多くの国や地域で生産や販売が禁止・規制される方向にあります。
それでも、「あの独特のまろやかなコクをもう一度味わいたい」という声は依然として根強いのです。
フォアグラの魅力を真似ようとする試みは数多くありました。
ココナツ油やバター、コラーゲンやゼラチンなどを足して「フォアグラらしさ」を演出しようというレシピも存在しますが、本家のように「舌の上で溶け出すと同時に旨味が広がる」食感に到達するのは容易ではありません。
なぜそんなに難しいのか。
そのカギは、フォアグラの脂肪が大きなクラスター(塊)を作り、複雑なネットワークのように絡み合っている点にあると考えられています。
通常のレバーや脂肪ではそこまで大きく、不均一な構造をつくるのが難しく、温度が上昇する過程で段階的に解け出す絶妙な仕組みを再現するハードルが高いのです。
こうした背景を受け、近年は「そもそも強制給餌というプロセスに頼らなくても、同じような脂肪の構造を人工的につくれないだろうか」と考える研究者が増えてきました。
例えば、レンダリング(脂肪を溶かして不純物を取り除く加工工程)したガチョウやカモの脂肪を上手に扱って、フォアグラらしい脂肪の結晶状態やネットワークを再現できないかというわけです。
研究が進む中では、CARS顕微鏡やNMR、さらにはX線回折などの先端技術を使って、脂肪の微細構造を可視化する取り組みも活発に行われ始めています。
すでに「普通のレバー+脂肪だけで、ある程度フォアグラの融解温度帯を示す事例」が報告され、再現の可能性が高まってきているのは興味深いところです。
ですが今回紹介する研究チームが注目したのは「リパーゼ」という脂肪分解酵素です。
このリパーゼを使って、ガチョウやカモから得られた脂肪のトリグリセリド(グリセロールと3本の脂肪酸が結合した状態)を少しずつ切り離してやれば、フォアグラに近い「口の中での溶け方」を得られるかもしれない――そんなアイデアです。
単に脂肪を混ぜるのではなく、分解された脂肪酸が増えたり、一部がモノ・ジグリセリドに変化したりすることで、脂肪全体の結晶化や融解特性が大きく変化すると考えられます。
そこで研究者たちは、リパーゼで部分的に処理した脂肪をレバーと合わせ、強制給餌をしなくてもフォアグラに近い食感を再現できるのかを実験的に確かめることにしました。