列の順番は「友情」から自然に形成されていた
研究者たちは、先述の3つの仮説に加えて、新たに「社会的スパンドレル仮説」という視点を導入しました。
これは「一列に並ぶ順番は進化的に選択された戦略ではなく、個体間の社会的なつながり(親しさ)の副産物にすぎない」という仮説です。
分析の結果、ヒヒの移動順序はランダムではなく非常に一貫性があり、なおかつ「誰と仲が良いか」によって決まっていることが判明しました。
具体的には、社会的に結びつきの強いヒヒ同士が常に近くを歩いており、その結果として自然に一定の順番ができていたのです。
また、群れの中で社会的地位が高い個体(とくにメス)ほど中央に位置する傾向があり、逆に地位の低い個体は先頭や最後尾にまわる傾向がありました。

さらに興味深いのは、これらの順番が「餌のある場所へ向かう昼間」でも「寝場所へ戻る夕方」でも変わらなかった点です。
もし餌や危険回避が目的であれば、時間帯によって配置が変わるはずですが、実際にはそうではありませんでした。
つまりヒヒたちは、ただ「仲の良い相手と一緒に歩きたい」という気持ちに従っているだけだったのです。
スウォンジー大学のアンドリュー・キング准教授はこう語っています。
「ヒヒたちの一貫した順序は、草食動物のように捕食を避けるために群れの中央に位置取る行動や、シマウマのように餌や水にアクセスしやすくするための戦略ではありませんでした。
むしろ、それは“誰と仲が良いか”によって決まっていたのです。
彼らは単に仲の良い相手と一緒に移動しており、それが結果として一定の順序を生み出していました」
この研究は「動物の行動=生存のための戦略」と考えがちな私たちの常識を揺さぶるものです。
ヒヒたちは捕食者から身を守るためでもなく、餌を奪うためでもなく――ただ、仲の良い相手と寄り添って歩くという、ある意味でとても人間らしい理由で列をなしていたのです。
行動には必ずしも“機能”や“目的”があるとは限りません。
ときにそれは進化や戦略を超えた、もっと柔らかくて温かな理由によって生まれるのかもしれません。