受精の“共通言語”を探れ
マウス精子が魚の卵門を通過した今回の実験結果は、一見すると奇抜に思えますが、受精という生命現象の普遍的なメカニズムを考える上で重要な示唆を与えています。
魚類と哺乳類は進化の系統樹で数億年も前に枝分かれした全く別の生物群ですが、その精子と卵が出会う仕組みに一部共通点がある可能性が浮かび上がったからです。
とりわけ、ゼブラフィッシュの卵門周辺に存在する謎の誘引因子「MP」をマウス精子も認識できたことは、精子側に種を超えて共通する受容体やシグナル経路が存在することを示唆します。
マテオ・アヴェラ博士(米国タルサ大学)は「この研究は、異なる種の間でも精子と卵が共通の“言語”で対話している可能性を示しています」と指摘します。
また「今後、魚類の卵門で精子を導く因子の正体を明らかにし、哺乳類にも対応するような類似の仕組みが存在するか調べる計画です」とも述べています。
実際、研究チームはMPの正体となる分子の解明や、マウスにそれに相当する遺伝子がないかの探索、さらに精子側の受容体候補の特定など、後続の研究課題に取り組む方針とのことです。
今回の成果は、種を越えた受精実験というユニークなアプローチから、新たな知見を引き出した点でも評価されています。
異種間での精子–卵相互作用を調べることで、通常の同種内では見過ごされていた重要なステップや因子を炙り出すことができるからです。
実験ではマウス精子が魚の卵門を通過したものの受精には至らなかったことから、受精の最終段階には強い種特異性が働く一方で、その手前の段階には普遍的な仕組みが潜んでいる可能性があります。
研究者たちはこのプラットフォームを活用して受精の新たなステップを解明し、将来的には不妊治療や生殖医療への応用につながる知見も得られるかもしれないと期待しています。
今回明らかになった「種の壁を越えた精子の旅路」は、私たちに受精の本質と進化の妙を改めて考えさせる契機となるでしょう。