イソギンチャクで人体の古代の設計図を発見
イソギンチャクで人体の古代の設計図を発見 / Credit:Grigory Genikhovich
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イソギンチャクで人体の古代の設計図を発見

2025.06.30 21:00:00 Monday

海の底でゆらゆらと揺れるイソギンチャクは、私たち人間とはあまりにも違う姿をしています。

オーストリアのウィーン大学(University of Vienna)で行われた最新の研究によって、この不思議な生き物の中に「人間と共通する古代の設計図」が潜んでいることが明らかになりました。

この発見は、人間のような左右対称な体の構造が約6億年以上前の共通祖先にまで遡る可能性を示唆しており、動物の体の進化を考える上で重要な手がかりとなっています。

研究内容の詳細は2025年6月13日に『Science Advances』にて発表されました。

Chordin-mediated BMP shuttling patterns the secondary body axis in a cnidarian https://doi.org/10.1126/sciadv.adu6347

左右の起源がイソギンチャクのせいで揺れている

左右の起源がイソギンチャクのせいで揺れている
左右の起源がイソギンチャクのせいで揺れている / Credit:Canva

左右の手を見比べてみると、指の長さも、手のひらの形もよく似ています。

それは私たちの体が「左右対称な構造」を持っているからです。

人間に限らず、鳥も魚も昆虫も、ほとんどの動物はこうした左右対称の体をしています。

これらの動物は「左右相称動物(ビラテリア)」と呼ばれ、地球上の動物の大多数がこのグループに属しています。

一方、クラゲやイソギンチャクは円形の形をしていて、どこから見ても同じような構造をしている生物も存在します。

このような形を持つ生き物の多くは「刺胞動物」に属しており、私たちとはまったく違うグループの動物と考えられてきました。

左右の起源

私たちにとって左右対称はほとんど意識することさえない当然の存在です。ある動物をあてるクイズでヒントとして目が左右に1個ずつ、鼻の穴も左右に1個ずつといった左右対称性を出したとしても、対象が多すぎてわからないくらいです。そのくらい現在の地球は左右対称の動物に満ち溢れています。しかし、自然界をよく見ると、左右対称でない生き物も多く存在します。例えばクラゲやヒトデなどの生物は、放射状に広がる形状を持ち、どこから見てもほぼ同じ形をしています。また、カタツムリの殻は左右非対称で、巻き方には方向性があります。では、私たちのような左右対称な体の構造は、いったいいつ、どのように進化したのでしょうか。その起源をさかのぼると、今から約6億年以上も前の、非常に古い時代にまでたどりつきます。動物の祖先がまだ単純な体の構造を持っていた頃、体の形状は放射状で、明確な前後や左右の区別がなかったと考えられています。しかし、生存競争が激しくなる中で、移動能力が求められるようになりました。その結果、体の一方の側が前方となり、進行方向が明確化されました。それに伴い、体の左右が対称な形状に進化していったのです。しかし、興味深いことに、この進化は単純に全てを左右対称にしたわけではありません。左右対称性の獲得は、新たに「左右軸」という概念を生み出しました。この左右軸という仕組みが導入されたことで、体の表面的な構造は左右対称になりつつも、体の内部には非対称な配置が可能になりました。例えば、私たちの内臓は心臓は左側に位置し、肝臓は右側に偏っています。このような内臓の左右「非」対称な配置は、左右軸という新たな「基準線」の獲得によって実現できたのです。左右軸の獲得によって動物たちは効率的な内臓の配置が可能になります。つまり左右対称性という体の設計は左右「非」対称性の出現とも密接に関連していると言えるでしょう。私たちが普段意識せずに過ごしている「左右」という概念は、生物の体をより高度で精密に作り上げるための鍵なのです。

ところが近年、よく調べてみると刺胞動物に属するはずのイソギンチャクには少し不思議な点が見つかりました。

見た目こそ円形でどの方向からも同じように見えますが、実はイソギンチャクの胚(生まれる前の細胞の塊)の段階では、細胞が左右で異なる動きをしていることがわかっていました。

さらに成体でも、内部の構造には密かな「左右」が存在してたことが明らかになりました。

つまりイソギンチャクは「隠れ左右軸持ちの動物」と言えるかもしれません。

イソギンチャクはどんな左右対称性を隠し持っているのか?

イソギンチャクと言われて、みなさんはどんな姿を思い浮かべますか?海の底でゆらゆら揺れる、触手がたくさん生えた丸い姿です。確かに見た目だけで言えば、イソギンチャクは丸い花のようで、どこから見ても同じように見える「放射状」の形をしています。しかし、最近の研究によると、このイソギンチャクにも実は「左右軸を持つ」ことが分かってきました。驚くことに、それは胚(生まれる前の段階)ですでに始まっています。イソギンチャクの胚を詳しく調べると、ある特定のタンパク質(BMPやコルディン)が片側で強く働き、反対側では弱く働くことで、「左右の区別」が生まれていることが明らかになったのです。同様の胚段階での物質の偏りはカタツムリなどでもみられます。では、大人になったイソギンチャクにはどんな左右対称性があるのでしょう?実は大人のイソギンチャクも、内部では微妙に左右の違いが存在します。例えば、体の中の消化器官や生殖器官が完全な放射状ではなく、片側に寄って配置されていることがあるのです。外から見るだけでは分からないけれど、イソギンチャクも実は体の中にひっそりと「左右の軸」を隠し持っているわけです。

この発見は生物学者にとって、大きな謎を投げかけました。

それは、「地球上の動物はいつ、どのようにして左右を獲得したのか?」という疑問です。

イソギンチャク抜きで考えるなら、まず共通の原始的な先祖がいて、そこから人間や昆虫など左右対称な動物(左右軸のある動物)とクラゲのような左右対称ではない動物(左右軸がない動物)に別れたと考えるのが自然でしょう。

しかしイゾギンチャクが隠れ左右軸を持っているなら、共有先祖の体も既に左右軸を持っていて、そこからクラゲのような生物は左右軸を放棄したというラインも考えられます。

そしてイソギンチャクの祖先と私たち人間の祖先は、遠い過去に左右性についてある程度、共通する設計図を持っていたのかもしれないよいう予測もつきます。

あるいは、共通先祖から別れた直後はどちらも左右軸を持たなかったものの、後から独立して偶然に似たような仕組みを独立して進化させた可能性もあります。

そこで、この大きな謎を解明するため、ウィーン大学の研究チームは、イソギンチャクと人間を結びつける可能性のある「体づくりの仕組み」に注目しました。

特に関心を寄せたのは、「BMPシャトリング」という発生生物学で知られる仕組みです。

BMP(骨形成タンパク質)は、動物の体が作られる際に、「背中」と「お腹」を決めるとても重要な物質です。

胚の中で、BMPが濃いところと薄いところの差を作ることによって、細胞は自分が「体のどの部分になればいいか」を判断しています。

一方、コルディン(Chordin)という別のタンパク質は、BMPを捕まえてその働きを抑える役割を持っていますが、単に邪魔をするだけではありません。

コルディンはBMPを別の場所へと運ぶ「運び屋」としての役割も持っていて、これを「シャトリング」と呼びます。

この「BMPシャトリング」という仕組みは、私たち人間や昆虫などの左右相称動物では広く知られていますが、実は遠く離れた系統の生き物(カエルやハエ、ウニなど)でも共通に使われていることが明らかになっています。

ただ、それが「それぞれの生物が偶然に獲得した仕組み」なのか、「6億年以上も昔の共通祖先から受け継いだ仕組み」なのかはまだよくわかっていません。

そこで研究チームは刺胞動物でありながら左右軸をもつイソギンチャク「ヒメハナギンチャク(学名:Nematostella vectensis)」に着目しました。

この生き物を詳しく調べることで、私たち人間とイソギンチャクが「同じ設計図」を共有しているかどうかを確認できるかもしれないと考えたのです。

イソギンチャクは人間と同じくBMPシャトリングを使って体を作っているのでしょうか?

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