2024イグノーベル賞「尻呼吸」のその後は?
お尻から呼吸するという、一見すると突拍子もないアイデアですが、これには生き物の体の不思議な仕組みが深く関係しています。
2024年に発表された研究では、哺乳類でも腸を使って酸素を吸収できることが実験的に示され、大きな話題となりました。
この研究は、ドジョウやナマズなどの魚類が、酸素の少ない水環境でも「腸で酸素を取り込む」という生存戦略を持つことに着目したものです。
研究者たちは、マウスやブタといった哺乳類を使って、直腸に「酸素を多く溶かした液体」を注入し、血中の酸素濃度が上昇することを明らかにしました。
この成果が世界的に評価され、2024年のイグノーベル賞(「笑って考えさせる」がテーマ)を受賞したのです。
しかし、この研究は、単に「笑い」を与えて終わるものではありませんでした。
重い肺疾患や事故などで人工呼吸器が必要となる患者は少なくありませんが、人工呼吸器の使用には肺に新たなダメージを与えるリスクがあるため、より体に優しい酸素補給法が求められてきました。
腸は血流が豊富で、栄養や薬などを体内に取り込む能力が高い臓器です。
この特徴を生かし、ヒトでも腸の粘膜から酸素も吸収できるなら、新たな「呼吸法」「治療法」を生み出せるかもしれません。
研究チームは、イグノーベル賞をとった動物実験の成果を受けて、いよいよ人間でも安全に応用できるかどうかを確かめる段階に進んでいます。
今回のヒトを対象にした臨床試験では、日本人の健康な成人男性27人(20歳から45歳)が協力しました。
研究チームは、パーフルオロデカリン(perfluorodecalin)を用いました。
パーフルオロデカリンは、非常に多くの酸素を溶かすことができ、医療用途での利用実績がある物質です。
今回はあえて酸素を含まない状態のパーフルオロデカリン液を、直腸から1回、最大1500mLの範囲で注入し、その後60分間体内で保持するという方法がとられました。
試験の目的はあくまで安全性と忍容性(薬の副作用を患者がどの程度まで許容できるか)を確かめることだったからです。
注入後には、参加者のバイタルサインや腹部の症状、血液検査(肝臓や腎臓の機能を含む)などが厳重にモニターされました。
液体成分が体内に吸収されないかや、重い副作用が起きないかも慎重に確認されました。