細菌や細胞の振る舞いはAIの強化学習に似ている
細胞が化学物質の濃度だけを手がかりに方向を決めても、最終的に正しい道を選びやすくなる理由を理解するには、まず現実の体内で何が起きているのかを見る必要があります。
体の中では、炎症部位や免疫細胞からサイトカインやケモカインが放出され、細菌や上皮細胞からもさまざまな分泌分子が出ています。
これらは空間に広がるにつれて濃度が徐々に下がり、場所ごとに“濃い・薄い”が自然に生まれます。
研究のモデルで使われた化学物質の濃淡は、これら生体シグナルのふるまいを数値として再現しています。
細胞が体内で遭遇する環境は、血管の分岐、細胞の隙間、方向をふさぐ組織構造、流れの強弱など、実際に迷路のような複雑さを持っています。
このような環境を数学的に扱うために、研究チームは迷路を“抽象化された体内”として設計しました。
こうした抽象化のおかげで、細胞の動き方や化学物質の広がり方を正確に比較できるようになりました。
そして数理的に整理すると、集団が作り出す化学物質の濃度分布は、AI の強化学習で用いられる「価値関数」と同じ役割を果たす量として定義できることが示されたのです。
価値関数とは、ある場所が“どれくらいゴールに近いか”を数値で表すものです。
AIの場合はコンピューター内部に地図のようなデータを保存しますが、この研究の細胞モデルでは、その役割を環境そのものが担います。
個々の細胞は学習していませんが、それぞれが化学物質を少しずつまいていくことで、迷路全体に濃度の“地形”が生まれ、そこに価値の情報が蓄積されていきます。
細胞はこの外部メモリを読み取り、より濃い方向へ進むため、結果として最適ルートに向かっていく傾向が強まります。
数理的には、この過程はマルコフ決定過程と呼ばれる枠組みの「最適値反復」に対応し、研究者たちはその一致を明確に示しています。
このように示されたのは、抽象化された数学的な構造であるため、この研究はもしかすると世の中に潜む様々な集団現象の謎にも迫れるかもしれません。



























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