ブラックボックスなSNSの内部アルゴリズム
今回の研究チームが挑戦したのは、「プラットフォームの協力を得ずに、SNS上でのアルゴリズムの影響を実験的に検証する」という難題でした。
現代のSNSでは、投稿がユーザーのタイムラインに表示される順番はアルゴリズムによって決定されています。
そのアルゴリズムでは、ユーザーの興味領域と多くの反応を集めた投稿(いいねや引用数、コメント数、滞在時間)といった指標を元に、表示順位を決めていると考えられていますが、こうした反応を集めやすい投稿とは怒り・驚き・批判・皮肉・恐怖など、人の感情を強く揺さぶる投稿です。
そのため、感情の起伏を大きくするような投稿が、結果的にタイムラインの目立つ位置へと押し上げられやすくなります。
そうした人の感情を煽りやすい注目を浴びている投稿が目立つ位置に来ることによって、ユーザーの怒りや攻撃性を増幅させる可能性は以前から指摘されてきましたが、この影響を実際の使用環境で因果的に測ることは、技術的にも制度的にもほぼ不可能でした。
理由は単純で、SNSの内部アルゴリズムはブラックボックスであり、外部研究者がそれを直接操作したり、特定の投稿だけを並び替えることはできなかったからです。
特にX(旧Twitter)は2023年以降APIの利用を大幅に制限し、料金体系も高額化したため、外部研究者がユーザーのタイムラインを再現したり、フィードを実験的に調整したりすることがほぼ不可能になっていました。
その結果、「表示アルゴリズムが実際に人の感情にどれほど影響するのか」という本質的な問題が、長らく検証されないまま残っていたのです。
そこで研究チームはこの課題を解決するため、ユーザーのブラウザ上に大規模言語モデル(LLM)を組み込んだ独自の拡張機能を導入し、研究者側で“タイムラインの並び順”を調整するという新しい手法を考案しました。
これは投稿の内容を変えるのではなく、どの投稿がタイムラインの上部に現れるかだけを変えるという、現実の使用感を損なわない非常に巧妙な介入です。
実験では参加者のブラウザにこの拡張機能をインストールしてもらい、普段通り自身のアカウントでXを利用してもらいました。
ここで研究チームが題材として選んだのは政治的な投稿でした。
これは、政治分野では人々の“相手陣営への感情”を数値化するための指標がよく整備されており、短期間の感情変化を正確に測ることができるためです。
拡張機能は、流れてくる投稿の文面をAIが解析し、「民主主義のルールを否定するような主張」や「相手陣営への敵意や侮辱を前面に出した内容」かどうかを自動的に判定します。
論文では、こうした投稿を総称して「反民主主義的な態度と政党間の敵意(AAPA)」を含むコンテンツと呼んでいます。
こうして研究チームは、オンラインで募集したアメリカ人のXユーザー1256人を対象に、10日間のフィールド実験を行いました。
参加者はランダムに三つのグループに分けられています。
一つ目のグループでは、敵意を含む政治的投稿がタイムラインの上位に来やすいように並び順を調整したフィードを閲覧します。
二つ目のグループでは、敵意を含む投稿が下位に回り、目立ちにくくなるよう並び順を調整したフィードを閲覧します。
三つ目のグループは、並び順を全く操作していない通常のフィードを見ます。
重要なのは、どのグループでも「誰のどの投稿が出てくるか」は基本的に同じで、変わるのは“表示順番”だけだという点です。
つまり研究者たちは、現実のXフィードを土台にしながら、「敵意の強い投稿を少し押し上げる」「少し押し下げる」という操作だけを加えて、その影響を測ろうとしたのです。
では、単にタイムラインの表示順を少し変えただけで、人の感情はどのように変化したのでしょうか。




























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