偽アカウントはライバル店潰しや選挙で暗躍している

もしかすると、評判や人気もお金で買える時代が来たのかもしれません。
インターネットで妙に高評価ばかりの口コミや、急に何万人ものフォロワーがついた新しいアカウントを見て、「これ、本当かな?」と疑いたくなった経験はないでしょうか。
実際、オンライン上では悪質な“やらせ”行為が後を絶ちません。例えば2024年には、インターネット通信全体の24%(約4分の1)が、個人情報の窃盗や詐欺、デマ拡散などを目的とした「悪質ボット」(自動プログラム)によるものだったと推定されています。
さらに生成AI(文章や画像を自動生成する人工知能)の登場で、人間のフリをするボットはますます見破りにくくなっています。
皮肉なことに、SNS各社は投稿者への報酬制度を導入し始めており、目立つ投稿が得をする仕組みが、“釣り”目的の炎上投稿や人工的な閲覧数稼ぎを呼び込みやすい面もあります。
そして同じ仕組みは、もっと身近な場所でも働きます。
「ライバル店を貶める」ケース
たとえば、地域で評判の飲食店がスマホを開くと、最近まで星4.5だった評価が一気に星1.0に落ち、コメント欄には「二度と行かない」「最悪だった」という短い否定が並んでいる場合です。
ここで怖いのは、悪評の中身が鋭いかどうかではありません。
数があると、人は「みんなが怒っているのだ」と解釈してしまいます。
レビューは本来、経験の集積ですが、悪意ある偽アカが混ざると、経験のふりをしたノイズが、店の信用そのものを削っていきます。
この問題が深刻になりすぎたため、米FTC(連邦取引委員会)は2024年に、実在しない人物や実体験のない人物による偽レビューの作成・販売などを禁じる最終規則を公表し、購入や販売も含めて取り締まる枠組みを明確化しました。
さらに、この偽アカは民主主義の根幹すら揺るがせる危険性もあります。
投票用紙を直接いじらなくても、“民主主義の雰囲気”そのものを曇らせられるからです。
特に選挙の場面ではそれが顕著になります。
投票日が近づくほど、空気は熱を持ちますし、人は「みんながどう思っているか」に敏感になります。
怒りも不安も伝染しやすくなる中で、いくつもの“普通の市民の顔”が現れます。
政治の大義を語る顔があり、別の顔は相手陣営の失言を拾い、さらに別の顔は「身近な被害」を涙ながらに訴えます。
コメント欄では、見知らぬ同士が偶然出会ったかのように会話を始め、共感が共感を呼ぶ形に整えられていきます。
これまでならば、そういった雰囲気は人間が作っていました。
しかし現在ではそれらが容易に捏造されてしまいます。
選挙に影響を与える場合
例えば、まず偽アカの一部で投稿を立て、別の偽アカが賛同コメントや反応で押し上げ、さらに別の偽アカがその反応自体を持ち上げる、といった増幅の連鎖が起こり得ます。
見た目は自然な盛り上がりでも、実態は自動化されたシステムです。
実際、あるケースでは架空の米国人ペルソナを「世論のリーダー」に育てるような運用をしていた、と報告されています。
またその目的は民主主義社会に対して対立や分断を強めるテーマを狙い、投稿の反応を追い、政治的な不信を広げることだと述べられています。(※米国司法省の報告書より)
生々しいのは、これが“単発のデマ投稿”ではないことです。
架空の人物像(ペルソナ)が複数運用され、政治的目的に沿った内容が継続して流され、ある候補者を貶めたり別の候補者を支持したりする方向へ運用が「設計」されている場合もあったのです。
要するに、偽アカは1個体としてではなく、社会の温度を操作する“群れ”として動くのです。
そして最も重要なのは、偽アカの仕事が「人を説得する」だけではない点です。
選挙に介入する偽アカと言えば、「○○候補はすばらしい」「✕✕候補はダメだ」という上げ下げだけだと思われがちですが、実際は違います。
多くのケースでは、自動化されたシステムは人を「分からなくさせて」疲れさせることが目的とされていました。
矛盾する話や決めつけ、終わらない罵倒が増えると、真実を見分けるのに毎回エネルギーが要ります。
その結果、「何が真実か分からない」「誰も信用できない」という感覚が育ちます。
米国司法省の発表でも、目的として「候補者や政治制度への不信を広げる」趣旨が示されています。
信頼が削れれば、社会は弱くなりますし、投票先が変わらなくても民主主義の足場がぬかるみます。
さらに不信が長引くと、次は「考えること自体がしんどい」という段階に入りやすくなります。
ちょっと前までは誰もが話していた問題でも、情報を追う気力が尽きて「情報疲れ」で話題にしなくなる――その心理につけこむ手法だと言えます。
例えばある国が他国で蔓延している「特定の話題」を収束させたい時、情報疲れを利用することで、SNS世界からその話題を排除することも可能になります。
こうした偽アカウント作成“入口”になっているのが、SMS認証です。
SNS企業は不正対策として、新規アカウント登録時に電話番号によるSMS(ショートメッセージ)認証を課しています。
しかしこの仕組みの裏がかかれ、大量の偽アカウントを自動生成・販売するサービス業者が世界中で暗躍するようになってしまいました。
こうしたオンライン操作ビジネスは国境をまたぐ灰色市場(グレーな非公式市場)として繁盛しており、偽の「いいね」やコメント、フォロワーといった人工的な人気まで堂々と売買されているのです。
実際、2023年の報告ではわずか10ユーロ(約1500円前後)を支払うだけで、数万回の再生や数千件の「いいね」、数百人のフォロワーを買うことさえ可能だと指摘されています。
こうした“不正ネット業者”は本人確認を代行する「SIM農場」と呼ばれる設備を運用し、本人確認用コードを販売します。
SNSアカウントの量産に欠かせないSMS認証を肩代わりするこれらのサービスは、多くの国で利用規約違反には当たるものの違法と明確に定めにくいグレーゾーンに位置しており、その便利さと引き換えにネット詐欺や世論操作の温床となっているのです。
だからこそ、こうした偽アカ売買の実態を数値で捉える研究が重要になります。
そこでケンブリッジ大学の研究チームは、世界197か国・500以上のプラットフォームにおけるSMS認証サービスの価格を毎日追跡するオンライン指数を独自に開発し、デジタル世論操作の「経済」を丸裸にしようと試みたのです。
もし国ごとの相場観が判明すれば、どの国のSNSがどれだけ“買収”されやすいかが見えてきます。





























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