「女性蔑視=性的画像」の公式を疑え
ソーシャルメディアの普及に伴い、女性が自らの身体的魅力を強調する画像──いわゆる「性的なセルフィー(自撮り写真)」や性的自己表現を含む写真──が、私たちの目に日常的に触れるようになりました。
こうした傾向をめぐっては、社会心理学やジェンダー研究の分野で「女性が男性社会の視線に応えねばならない構造がある」あるいは「女性自身が内面化した抑圧によって自らを性的にアピールしている」といった解釈が長らくなされてきました。
しかし近年、「ジェンダー不平等だけが原因とは限らない」という新たな知見が注目を集めています。
とりわけ2018年に発表されたBlakeら(PNAS)の大規模研究では、「所得不平等(経済格差)の大きい地域ほど、SNS上で性的なセルフィーを投稿する女性の割合が高い」という結果が示されました。
これは、従来の「ジェンダー不平等=女性抑圧」や「女性蔑視=性的画像」という単純な図式から一歩踏み出し、経済格差が女性同士の競争意識や社会的地位の争奪戦を加速させる可能性を浮き彫りにしたのです。
本コラムの目的は、決して低俗な女性叩きをすることではありません。
むしろ、「ジェンダー不平等ではなく所得不平等が、女性の性的自己表現を増やす要因になり得る」という議論を、Blakeらの研究や関連する学術文献を通じて検討することにあります。
なぜジェンダー不平等だけでなく、経済格差という要素が女性の行動に大きな影響を及ぼすのか──。
この疑問に対しては、女性の「主体的な自己表現」と「競争戦略」という視点を重ね合わせることで、新たな社会の捉え方を提示できると考えています。
さらに本コラムでは、進化心理学や動物行動学の観点にも目を向け、競争が激化する環境下で雌(女性)がどのように自身の魅力をアピールし合うのかを広い視野で論じます。
加えて、SNS上のセクシュアライズされた投稿だけでなく、美容サロンの利用やファッションへの出費など「実社会での外見強調行動」にも着目し、女性が身体的魅力に投資する背景を総合的に捉えることを試みます。
女性の性的自己表現は、ジェンダー研究やメディア研究において早くから議論されてきたテーマではありますが、SNS時代を迎えて一段と新しい側面が加わりました。
近年、SNS利用の拡大によって個人が外見やライフスタイルを世界規模で発信しやすくなった一方、このような自己表現がどのような社会的要因によって増幅されるのかは、まだ十分に解明されていません。
Blakeらが注目した「所得不平等」という視点は、これまでの「ジェンダー不平等=女性の抑圧」では説明しきれなかった点を補う、非常に興味深い切り口です。
社会心理学、経済学、進化生物学などの学際的研究では、経済格差が「個人間の競争」を強めることを示唆するデータが数多く蓄積されています。
女性のセクシュアライズされた自己表現を、男性からの一方的なオブジェクト化(客体化)として捉えるだけでなく、女性自身が主体的に戦略として選択している可能性がある──本コラムでは、こうした先行研究の示唆を踏まえながら、今後の研究や社会への含意を探っていきたいと思います。