「ネットで性的画像」を蔓延させているのは意外にも所得格差だった
「ネットで性的画像」を蔓延させているのは意外にも所得格差だった / Credit:Canva . 川勝康弘
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「ネットで性的画像」を蔓延させているのは意外にも所得格差だった (2/5)

2025.01.08 17:00:37 Wednesday

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科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退

科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退
科学が「女性の抑圧」を疑い始めている:一元的抑圧論の衰退 / Credit:Canva . 川勝康弘

女性の抑圧が性的画像の蔓延を招いているのか。それとも、こうした性的画像は女性にとって一種の「性戦略」なのか──。

この疑問を解明するために、BlakeらはSNS上で公開されている“セクシュアルなセルフィー”(“sexy selfies”)を大規模に収集し、その投稿頻度が地域や国ごとの社会指標とどのように関連するか統計的に検証しました。

具体的には、TwitterとInstagramから約45万件の投稿を収集し、位置情報などの条件を満たす約6万8千件を分析対象としています。

さらに、投稿分析だけでなく、美容サロンや女性向け衣料品店への支出データといった「外見関連の消費」も検討対象に含めることで、SNS上の自己表現が実社会での外見投資と並行して行われる実態を多角的に分析しました。

その結果、極めて興味深い事実が明らかになりました。

従来は「女性の性的セルフィー(自撮り)はジェンダー抑圧の産物」という見方が主流でしたが、Blakeらの分析は、それだけでは説明しきれない実態を浮き彫りにしました。

著者らは、所得不平等の激しい社会では相対的な地位競争が活発になり、その一環として女性が“外見を磨く・魅力を高める”戦略を取る可能性を指摘しています。

これは、人間以外の動物の雌でも「リソースの偏在」が雌間競争を活性化させる事例があるとする進化心理学・動物行動学の見地とも合致する点です。

さらに著者らは、今回の結果が必ずしも「ジェンダー不平等が無関係」を意味しないことも示唆しています。

文化的・宗教的要因の影響や、男性ユーザーが女性のセクシュアルな写真をシェアする動機など、ジェンダー構造に根ざした要素も複合的に作用している可能性があるためです。

 ただし「少なくとも本研究が扱った主要な指標の範囲では、ジェンダー不平等よりも所得不平等の方が強く性的自己表現と関連する」という結論を強調しています。

この主張をさらに検証するため、先行研究も合わせて見ていきましょう。

先にも述べたように、女性のセクシュアライズや性的自己表現を考えるうえで長らく大きな影響力をもってきたのが「ジェンダー不平等」に注目する理論です。

たとえば、女性が自らを性対象化(self-objectification)するのは、社会的・文化的な男性優位構造を内面化した結果だとされ(Fredrickson & Roberts, 1997 など)、女性が性的イメージを投稿するのは「抑圧の結果」という批判が繰り返し提示されてきました。

一方、社会学や経済学、進化心理学などの領域では、「所得不平等」こそが個人間の競争行動を高める要因になると繰り返し指摘されています。

たとえばWilkinson & Pickett(2009)は、所得格差の拡大が人々の地位不安や相対的剥奪感を強め、さまざまな社会問題を悪化させると論じています。

また、Frank(2007)も経済格差が拡大する社会では、他者との比較や競争に駆り立てられやすくなると主張しました。

これらの研究知見を女性の性的自己表現にあてはめると、「高い所得不平等下では、女性同士の競争が激しくなり、外見的魅力を高める行動が増える」という仮説が導かれます。

実際、Blakeらの分析によれば、所得格差の大きい地域ほどSNS上で“セクシーなセルフィー”が多いことが統計データからも明らかです。

これはジェンダー不平等説とは異なる視点を提供するといえるでしょう。

ソーシャルメディアは女性の自己表現に新たなプラットフォームをもたらし、従来のメディア環境とは異なる動態を生み出しています。

Chou & Edge(2012)の研究によると、FacebookなどのSNS上での自己提示は利用者の心理状態や自己評価に大きく影響しうるとのことですが、InstagramやTikTokなどビジュアルを主体とするSNSでは、とりわけ女性が自らの画像を通じて積極的に発信する機会が増えました。

さらにブランディングやインフルエンサーマーケティングの視点からは、外見的魅力やセクシーさを活かした投稿がフォロワー数や広告収入につながる場合もあり、「女性の抑圧」という枠組みだけでは割り切れない多面的な現象といえます。

従来のジェンダー不平等理論は、社会的・文化的に構築された男性優位の影響を検証するうえで重要なフレームワークでした。

しかし近年では、女性の性的自己表現が一律に「抑圧の産物」であるとは言いきれない事例も増えています。

所得格差のような経済的要因が女性間競争を強化し、それがソーシャルメディア上での性的自己表現を促す──この見方は、これまでの理論が説明しきれなかった現象を補完するものとして注目されているのです。

こうした多角的な先行研究の文脈のなかで、Blakeらの研究結果は「ジェンダー不平等ではなく所得不平等が、女性の性的自己表現行動に強く影響する」という新たな知見を提示しました。

次はこれまでの複数の研究結果をもとに、所得不平等が女性の性的画像の蔓延を促進する理論的枠組みを考えていきます。

次ページ性的画像が蔓延していくメカニズム

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