なぜ人間と家畜は一緒に葬られたのか?
これらの集団墓で特に印象的なのは、人間だけでなく、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの家畜も一緒に埋葬されていたことです。
一部の墓では、中央に主要な人物の埋葬があり、その周囲に別の埋葬が配置されています。
中央の人物は、共同体のリーダーや重要人物だった可能性があります。
もしそうなら、これらの墓は、先史時代の遊牧民社会に階層や序列が生まれ始めていたことを示す手がかりになります。
もちろん、これは後のエジプト王朝に見られるような、ファラオと農民の明確な支配関係とは異なります。
それでも、誰もが完全に同じ立場だった社会から、有力者や特別な人物を中心にした社会へ変化しつつあった可能性があります。
【集団墓地が点在している場所を示す画像がこちら】
そして、その社会で大きな意味を持っていたのが「ウシ」でした。
周辺地域には、ウシを描いた古代の岩絵も残されています。
墓の中で人間と家畜が一緒に葬られていることを考えると、ウシは単なる食料ではなく、財産であり、地位の象徴であり、共同体の価値観を支える存在だったのでしょう。
当時のサハラは、今より緑が多かった時代から、次第に乾燥へ向かっていました。
この時期は「アフリカ湿潤期」の終わりに近く、夏のモンスーンが南へ後退し、降雨量が減り、牧草地も縮小していきました。
水を多く必要とするウシを飼い続けることは、次第に難しくなっていったはずです。
だからこそ、乾いていく砂漠で大きなウシの群れを持つことは、現代で高級車を所有するような、希少で目立つ財産だったのかもしれません。
集団墓の多くが、谷底の岩場の水たまり、かつての湖底、一時的に水が流れる川の近くに位置していることも重要です。
これは、墓が築かれた時点で、すでに水場が貴重な意味を持っていたことを示しています。
つまり、これらの巨大墓は、死者を葬る場所であると同時に、乾燥化するサハラで、遊牧民たちが何を大切にし、どのように社会を保っていたのかを物語る記念碑でもあったのです。
興味深いことに、これらの集団墓は、最初に築かれてから何千年も後に、別の遊牧民たちによって再利用された例もあります。
場合によっては、約4000年後に再び埋葬地として使われていました。
先史時代の人々が築いた墓地空間は、砂漠の中で世代を超えて記憶され続けていたのです。



























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