量子世界のさらに奥の現実を描く「QBox」理論

因果性の壁の外に出る道は見えた
しかし、壁があるなら、いつか挑む者が現れるのが物理学の世界です。
今回の論文の著者、ヘフォード氏とウィルソン氏は「量子ボックス(QBox)」理論でこの難問に挑みました。
量子ボックス理論をひとことで言えば「量子の操作そのものを、入力にしたり出力にしたりできる、メタな量子論」となります。
難しそうですが、その本質は驚くほど簡単です。
たとえば普通の量子論は、「レシピ本通りに実行する料理」だとします。
「卵を割る → 焼く → お皿に盛る」という手順を、順番通りにこなします。
それに対してQBoxは「レシピ本のレシピとも言える虎の巻」のような存在です。
料理そのものではなく、料理の作り方の作り方を扱う、一段上の世界。
この虎の巻QBoxには「料理そのものの手順よりも、レシピ本を書くときには要点を抑えて、カラフルに、わかりやすく」というように一段上の立場からのことが書かれています。
そのためQBox理論では「Aの工程が先か、Bの工程が先か、その順番すら、量子的にぼんやりしたままでも構わない」という大胆な方針がとられています。
これを専門用語では「因果順序の不定性」と呼びます。
ふたたび料理で例えるなら「味付けA➔加熱B」でもいいし「加熱B➔味付けA」でもいい、という順番自体が「重ね合わせ」のようにぼんやりしていてもいいのです。
「Aが先のルート」と「Bが先のルート」が、量子的に重なりあったまま存在している感じです。
突拍子もない話に聞こえるかもしれません。
けれども実は、この「順番が重なりあう」という現象は、近年すでに実験で探られ始めています。
「量子スイッチ」という装置を使うと、光子に「A→Bの順序」と「B→Aの順序」を同時に体験させることができる。
そんな世界が、関連する量子実験として研究室で立ち上がりつつあるのです。
また別分野の関連例として、量子電池の研究では、電池に「電源A➔電源B」の順番で充電する場合と「電源B➔電源A」の順番で充電する状態を重ね合わせると、理論的に充電効率が上がりうると報告されています。
QBoxは、その因果順序の不定性を、理論の土台に最初から組み込んでいる枠組みなのです。
つまり条件の1つは最初から突破しているとも言えます。
しかし「全体像は1つ」という部分はどうでしょうか?
過去と未来の両方を見れば抜け道が見える

なぜ因果をどうにかすると、全体像は1つという問題まで手が届くのでしょうか?
ここがこの研究の、いわば「手品の種」にあたる部分です。
そして「手品の種」の多くが実はシンプルであるように、著者たちが用意したハイパーデコヒーレンスの仕掛けも、驚くほどシンプルでした。
QBoxの世界の住人は、「箱」のような構造の上側と下側、両方に手が届きます。
論文の言い方を借りるなら、上側は「未来へ向かって伸びていく時間」、下側は「過去へ向かって伸びていく時間」のようなものです。
QBoxの観測者は、いわば時間の両面に手を伸ばせる住人。
過去側にも未来側にも、自由にアクセスできる存在なのです。
ところが、ハイパーデコヒーレンスはここに、こんな操作を加えます。
下側(過去側)を、完全なノイズで塗りつぶす。
ただ、それだけ。
下側を、読めない曇りガラスで覆ってしまう。
上側はそのまま残す。
すると——驚いたことに、残った構造は、私たちが知っている通常の量子論と数学的にぴったり同じになるのです。
論文ではこのことが、数学の定理としてきっちり証明されています。
下側を完全に塗りつぶし、上側を手付かずのまま残したQBoxは、私たちの知る標準量子論で許されるあらゆる変換と、過不足なく一致する、と。
QBoxの世界の住人は、過去側と未来側、両方を見ながら暮らしている。
ところが私たちは、過去側が曇りガラスで覆われた世界に生きているので、未来へ向かう半分しか見えていない。
その「半分しか見えない不自由さ」が、結果として「因果の順序がはっきり決まった、見慣れた量子論」を立ち上げているのではないか、というわけです。
この何気ない設定が「全体像のシフト」の問題——QBoxの世界では、手元の同じ断片を逆算したのに、Aさんは”穏やかな草原”、Bさんは”嵐の海”という、根っこから違う絵にたどり着いてしまう、という、あの厄介な問題——も、解消(量子論側から見えなくなる)してくれるのです。
先の例を再び使うとこうなります。
普通の量子論なら、同じ断片から逆算すれば、たどり着く全体像はひとつ——のはずです。
ところがQBoxの世界では、その「全体像」が、未来側と過去側、ふたつの面を持っているのです。
未来側に映る絵は、二人ともまったく同じ。
過去側には、こっそり別々の”絵の続き”が書き込まれている。
Aさんの過去側には「穏やかな草原へ続く絵」が。
Bさんの過去側には「嵐の海へ続く絵」が。
未来側だけなら、二人の世界はぴったり同じ。
でも、過去側まで含めれば、まるで違う世界——これが「全体像のシフト」つまり「全体像が1つではない状態」の正体でした。
ハイパーデコヒーレンスが過去側に曇りガラスをかけると、残るのは共通の未来側だけ。
QBoxの「全体像が複数ありうる」という奇妙さを、過去側ごと隠してしまうことで、私たちが知る「全体像が一通りに決まる量子論」の”土台”を立ち上げている——そういう構造になっているのです。
ここで少し、上の世界から量子世界を含む私たちの世界を見た場合を考えてみます。
私たちは、未来へ向かって一方向に進む、ごく普通の住人です。
朝が来て、昼になり、夜が訪れる。
コップを倒せば水がこぼれ、いちど割れたお皿はもとには戻らない。
原因が先、結果が後。
これが当たり前の世界です。
けれども、もしかしたら——私たちが”原因が先、結果が後”と当たり前のように感じているのは、もっと豊かな世界のうち、片側しか覗けないことの帰結なのかもしれません。
時間の両面に手を伸ばす住人から見れば、私たちは、ずいぶん不自由な生き物に見えることでしょう。
未編集のフィルム素材を両手で持っている人と、上映済みの映画を一本道で観るしかない私たち。
その差はじつは、世界の側にあるのではなく、私たちの観測者としての権限にあるのかもしれません。



























![よーく聞いてね!3つのヒントで学ぶ!どうぶつカード ([バラエティ])](https://m.media-amazon.com/images/I/51zT3OcliFL._SL500_.jpg)









![BLACK WOLVES SAGA -Weiβ und Schwarz- for Nintendo Switch 【メーカー特典あり】 [予約特典]スリーブケース](https://m.media-amazon.com/images/I/51CzLR9fW3L._SL500_.jpg)













