物理学では因果の破壊が進行している
因果律は私たちにとって、生まれながらに持っている概念の1つです。
特に古典的な物理学の世界においてはに「AがBを起こす」という因果がある場合、時間的にAが先でBが後であることは必然であると考えられています。
たとえば「モーターを回して(A)電気を流す(B)」という物理現象(発電)の場合、逆を辿って「電気を流して(B)モーターを回す(A)」ことも可能ですが、両方を同時に行うことはできません。
しかし量子物理学の世界では、古典的な概念の多くが曖昧になってしまいます。
たとえば量子的な重な合わせが起こると、1つの粒子が異なる2つの場所に同時に存在するという「位置の曖昧さ」が発生します。
またシュレーディンガーの猫の例では、生きている状態と死んでいる「状態が重ね合わされている」と表現されるように、量子の世界では観察される瞬間まで、あらゆる可能性が確率的に共存していると考えられています。
驚くべきことに、近年の量子物理学では、この曖昧さが位置や状態だけではなく、時間的な因果関係にも適応できることがわかってきました。
この因果関係の曖昧さが発生すると「AがBを起こす」と「BがAを起こす」という『因果関係そのものの重なり合い』が発生します。
量子力学では観察するまで粒子の状態が判明しないと言われていますが、それは粒子の位置や状態だけでなく粒子が辿ってきた因果関係にも及んでいたわけです。
この因果の重ね合わせは不確定因果順序(ICO)と名付けらており、2017年に行われた研究では不確定因果順序の実験的な実証にも成功したと報告されました。
(※量子力学の扱う小さな世界では時間は存在しないとする意見も存在します。この意見では「時間は巨視的なシステムの創発的な特性」として理解されています。つまり小さな世界では時間が存在しないものの、システム全体が大きくなるにつれて時間の特性が後付けされる(創発される)と考えられています)
量子物理学は直感的な理解が困難であることが有名な分野ではありますが、因果関係を打ち破る不確定因果順序(ICO)が直感へ起こす反逆は、特に大きいと言えるでしょう。
そのため、この概念が2009年に提唱されて以来、不確定因果順序の理論や実証にかかわる300本以上の論文が発表されており、現代の物理学者の興味を最も引く分野の1つとなっています。
(※因果律の打破は哲学の分野にも影響を及ぼしており、不確定因果順序をどのように解釈すべきかについて「科学哲学」や「神学」のレベルで考察する論文なども発表されています)
つまり今、物理学では、因果律の打破が最もホットな話題というわけです。
そこで今回、東京大学の研究者たちは、このホットな不確定因果順序のプロセスを、量子力学において最もクールな概念の1つである「量子電池」と融合させることにしました。