上の世界に行くには「当たり前中の当たり前」を否定しなければならない

2018年リーとセルビーという二人の物理学者が、ある厳しい定理を証明しました。
彼らは理論の中で「もし上流の世界が「因果に縛られ」、なおかつ「全体像がひとつに決まる」ならば、そこからどんなに頑張ってはぎ取り(ハイパーデコヒーレンス)を行っても量子世界にはたどりつけない」ということを示しました。
つまり「もし上流世界が、量子論と同じくらいおとなしい(因果にも縛られ、もとの全体像も一通りに決まる)なら、そんな上流世界からはどうやっても量子論は生まれない」というわけです。
「奇妙な量子世界の上流世界はもっと奇妙だ」というのは、なんとなく予想がつきますが、彼らはそれを数学的に証明したわけです。
しかしここで問題が起こります。
後述のように因果のほうはどうにかなりましたが、「もとの全体像が1つ」というほうはかなり厄介だったのです。
私たちが知る通常の量子論では、この「もとの姿」は、本質的にひとつしか描けません。
これは量子的な存在確率の「ぼやけ」とはまた別の、量子論の数学的構造の根っこに組み込まれた性質です。
2人の人間が手元の情報から全体像を描くとして、それはだいたい同じものになります。
もちろん手元の情報が若干違うので完成した全体像は2人の間でちょっと歪んだりズレたりします。
しかしせいぜいその程度です。
「Aさんは”穏やかな草原”を、Bさんは”嵐の海”を、それぞれ別々に逆算してきた」——そんな、根っこから違うシーンへの「全体像のシフト」は、起こらないのです。
量子論の数学構造に組み込まれた「当たり前中の当たり前」の部分です。
しかし、より上流の世界にいくには、そんな当たり前の「はぎ取り」も起こり得なければなりません。
これはかなり強い制限でした。
そのため多くの研究者がこの壁の前で足を止めることになります。
「量子論の下に、もう一段ある」と信じてきた人たちの夢が、いったんはここで止まってしまうのです。



























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