匂いのブレンドが、ハチに「食事の場所」を知らせる
植物がイモムシに襲われたとき、空気中にはさまざまな揮発性物質が放出されます。
これは植物にとっての「匂いのメッセージ」のようなものです。
今回の研究では、インセプチン受容体が正常なインゲンマメは、イモムシの口腔分泌物に反応して、捕食性のハチを引き寄せると考えられる特徴的な揮発性物質のブレンドを放出しました。
その中には、DMNT や TMTT と呼ばれるホモテルペン類の化合物も含まれていました。
これらの匂いは、ハチにとって「ここに獲物がいるかもしれない」という手がかりになります。
【匂いに呼び寄せられてきたハチの画像がこちら。虫が苦手な方は閲覧にご注意ください】
一方、インセプチン受容体が機能しない植物では、同じ処理をしても典型的な食害誘導性の匂いブレンドが十分に出ませんでした。
つまり、単に葉が傷ついたことだけではなく、イモムシ由来の化学信号を受容体が検知することが、ハチを誘う匂い作りの出発点になっていたのです。
チームはこの仕組みを、野外でも調べました。
メキシコ・オアハカ州の農地で、インゲンマメにツマジロクサヨトウの幼虫を取り付け、捕食性のハチがどれだけやって来るかを観察したのです。
すると、インセプチン受容体が機能しない植物では、通常の植物に比べてハチの訪問や攻撃が約40%少なくなりました。
周囲にハチがいなかったわけではありません。
植物側が出す匂いの信号が変わったことで、ハチにとって見つけにくい場所になっていたと考えられます。
この結果は、植物、イモムシ、ハチという三者の関係を、分子レベルのセンサーから野外の生態現象までつなげて示した点で重要です。
植物はただ葉を食べられているだけではありません。
イモムシの唾液に含まれる分子を読み取り、体内の免疫反応を立ち上げ、さらに天敵であるハチが反応しやすい匂いを放つことで、間接的な防御を行っていたのです。
もちろん、この仕組みをすぐ農業に応用できるわけではありません。
畑にはさまざまな昆虫がいて、作物の品種や環境によって匂いの働き方も変わります。
それでも、植物が本来持つ防御の仕組みを理解できれば、将来的には農薬だけに頼らない害虫対策につながる可能性があります。
イモムシに齧られた小さな葉の上では、私たちの目には見えない化学信号が飛び交い、植物と虫とハチの複雑な駆け引きが始まっています。
一枚の葉は、ただの食べられる側ではなく、周囲の生き物を巻き込んで身を守る「静かな司令塔」でもあるのです。




















































