1億年前にいた「カニのハサミ」を持つ虫

琥珀は太古の木が分泌した樹脂(樹液状のネバネバした成分)が硬化したものですが、硬くなる前に小さな生物を飲み込んでしまうことがあります。
琥珀に守られることで、閉じ込められた生物は劣化が防がれ、当時の姿を鮮明に保つことができます。
研究チームは、1億年前の琥珀に閉じ込められた生物を徹底的に調べることで、1億年前の生物の姿を垣間見ようとしました。
使ったのは「マイクロCTスキャン」(肉眼では見えない微細な構造まで3Dで透視できる装置)です。
これによって、琥珀の中に閉じ込められた昆虫の体を、まるで生きているかのように立体的に再現することができました。
すると、頭は三角形で、両側には大きな複眼が飛び出している数ミリほどの体の生物が浮かび上がってきました。
短い触角がピンと伸び、口元には短く尖ったクチバシ、そして何より目を引くのは、不釣り合いに大きなカニ型ハサミを構えた前足です。
このクチバシはカメムシの仲間(異翅亜目)に共通する特徴であり、さらに触角の短さなどから、研究チームはこの昆虫をこれまで知られていなかった新種であり、おそらく「水生カメムシ類」(ネポモルファ)──日本でいうとタガメやミズカマキリも含む大きなグループ──で湿った地面で暮らしていたと考えられています。
昆虫なのに「カニのハサミ」を持つ生物の4番目の事例となったわけです。
しかしここで疑問が浮かびます。
現在確認されている3種類の昆虫のハサミと、1億年前のこのハサミは、果たして同じようなものなのでしょうか?
1億年もあれば、生物の形は劇的に進化します。
そこで研究チームは、新種のハサミがどれほど特殊なのかを客観的に示すため、文字どおり世界レベルの大規模な「ハサミ比較」に乗り出しました。

集めたサンプル数は実に2107点。
比較対象には、カマキリやカマキリモドキ、アザミウマ、カマバチといった陸上の捕食者から、タガメやミズカマキリなどの水生カメムシ、さらにはカニ・ロブスター・エビなどの十脚類、シャコ、タナイス類まで、ありとあらゆる「物をつかむ脚」を持つ生き物が並びました。
その結果、驚きの事実が判明します。
新種のハサミの根元部分の形が、比較された2107点のどれとも一致しなかったのです。
つまりこの1億年前の昆虫は、たんに「カニみたいなハサミがある」というだけでなく、ハサミの形そのものが、これまで誰も見たことのない唯一無二のデザインだったのです。
しかも面白いことに、実は同じカチン州の琥珀からは、過去にも新種の近い親戚にあたる化石(ヒキガエルカメムシの仲間)が、何度か報告されてきました。
でも彼らのハサミはあくまで『折りたたみナイフ式』の腕で挟むタイプであり、本物のカニ型ハサミではありませんでした。
つまり同じ仲間の中で、ただ一種だけが『本物のハサミ』を進化させていたのです。
これだけ独自の存在ともなれば、もはや既存のどの「属」にも収まりません。
ここで言う「属(ぞく)」とは、見た目や進化の道筋がよく似た生き物どうしをひとまとめにした分類のグループのこと。
たとえば、キリンとオカピは同じ「キリン科」の動物ですが、キリンは「キリン属」、オカピは「オカピ属」と、それぞれ別の属に分類されています。
姉妹のように近い関係でも、首の長さも、体の模様も、暮らす場所もまるで違う──「別の属」とは、それくらい体の作りや進化の道筋が独自の方向に分かれている、ということなのです。
そのため研究者たちはこの昆虫を、まったく新しい属として独立させ、こう名付けました。
Carcinonepa libererrantes(カルキノネパ・リベレランテス)
属名 Carcinonepa は、ギリシャ語由来の「カニ」を意味する Carcino- と、水生カメムシのグループ名 Nepa を組み合わせた、まさに「カニ+カメムシ」の合体ネーミング。
その後に続く libererrantes は、ラテン語で「さまよう子どもたち」という意味です。




















































