500年前の「フリーズドライ」の方法
ジャガイモはアンデス原産の作物で、何千年も前からこの地域で栽培されてきました。
しかし、生のジャガイモには大きな弱点があります。
暖かい場所ではすぐに傷み、1週間ほどで腐ってしまうことがあるのです。
さらに、品種によっては苦味や毒性があり、そのまま食べるには向かないものもありました。
そこで古代アンデスの人々が生み出したのが「チューニョ」です。
チューニョは、ジャガイモを冬の夜の霜にさらして凍らせ、日中の太陽で解凍し、これを繰り返したあとに踏みつけて水分を抜き、乾燥させて作られます。
こうしてできる「黒チューニョ」に対し、今回タンボ・ビエホで見つかったのは「白チューニョ」とみられます。
白チューニョは、苦味や毒性をもつジャガイモを原料とし、凍結後に数週間水に浸してから乾燥させる、より手間のかかる保存食です。
完成したチューニョは軽く、持ち運びやすく、長期間保存できます。
この性質は、広大な領域を支配したインカ帝国にとって非常に重要だったと考えられます。
スペイン人の年代記には、リャマの隊商がチューニョを含む食料を各地の貯蔵施設へ運んでいたことが記されています。
こうした貯蔵施設は、インカの労働者や行政拠点を支えるために使われていたとみられます。
その意味でチューニョは、単なる保存食ではありませんでした。
高地で作られ、軽くて腐りにくく、大量に運べるチューニョは、帝国の労働力を支える「食料インフラ」の一部だった可能性があります。

興味深いことに、チューニョは古代アンデスで広く使われていたと考えられる一方で、考古資料として残ることは非常にまれです。
今回に匹敵する発見は、100年以上前にペルーのパチャカマックで見つかった例くらいだとされています。
タンボ・ビエホの乾燥した環境と、壺の中に保管されていた状況が、500年近い時を超えてチューニョを残したのでしょう。
現時点では、このジャガイモが具体的にどの山地で作られたのかはわかっていません。
研究者たちは今後、化学分析によって産地をたどることを期待しています。
もし産地が特定されれば、インカ帝国がどの地域からどの拠点へ食料を運んでいたのか、より具体的に見えてくるかもしれません。
今回見つかった2つのしなびたジャガイモは、豪華な黄金製品でも巨大建築でもありません。
しかしそこには、自然環境を読み解き、食料を保存し、遠くまで運ぶという、人々の暮らしを支えた技術が刻まれていました。
500年前の「冷凍ジャガイモ」は、インカ帝国の強さが、台所の知恵にも支えられていたことを静かに教えてくれるのです。





























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