「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明
「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明 / Credit:Canva
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「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明 (2/4)

2026.06.16 18:00:46 Tuesday

前ページ宇宙の設計図から「時間」が抜け落ちている

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「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測

「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測
「ミニ宇宙」から時間がうまれる瞬間を観測 / ミニ宇宙を上から撮影した連続写真です。暖色(赤〜黄色)が濃い部分ほど原子が多く集まっていることを示しています。右側の曲線のようなものはミニ宇宙の「地形図」ともいうべきものですCredit: Giovanni Barontini / Physical Review Research(2026)

その手がかりになったのが「エントロピー」でした。

先ほど、物理法則の多くは時間の方向を区別しないと書きました。

しかし実は物理学の中にたったひとつだけ、時間の方向を教えてくれるものがあります。

それは「この宇宙に埋め込まれた基本法則」で、それは「固まっていたものが散り散りになっていく」という現象です。

たとえば空気中に1カ所だけ酸素が特に濃いポイントを設定すると、時間と共にそこにあった酸素は周りの空間に広がっていきます。

「そんなの当たり前」と思うかもしれませんが、物理学者はこの現象が取るに足らない常識ではなく、私たちの宇宙に埋め込まれたどうしようもない基本法則であると考えています。

「当たり前をこれ見よがしにあげつらって基本法則と呼ぶ」という態度こそが、物理学の根底に流れているスタンスだからです。

そして物理学者は散らばりの度合いを「エントロピー」という数値で表現します。

そして私たちの宇宙では、時間はこの「散らかる方向」に沿って流れています。

そのため「時間の流れの正体は、エントロピーの変化そのものなのだ」という考えが有力視されています。

時間の流れを測る唯一の物差しとも言えるでしょう。

そして理論物理学者たちは何十年前から「宇宙を分ければ時間が生まれる」と考えていました。

宇宙をコッチとアッチに別けて、コッチの何かがアッチに散らばり、その度合いを現わす数値「エントロピー」が変化する――それこそが宇宙に時間が出現する第一歩だという考え方です。

そこで今回研究者は、それを実験的に確かめ、宇宙の分割が本当に時間が湧き出てくるか(エントロピーが変化するか)を調べることにしました。

といっても、現代のように巨大になってしまった宇宙を別けるのは不可能です。

そこで研究者は、外部の影響をいっさい受けない「密封された小宇宙」を構築することを目指しました。

外から時計の音が聞こえてくる部屋では、時間が中から生まれたのか外から持ち込まれたのか区別がつかないからです。

そして外部からは隔絶された中に、ほぼ絶対零度まで冷やされた約2万4000個のルビジウム原子を配置しました。

絶対零度近くまで冷やされた原子は熱による雑音をほぼ失い、量子力学的なふるまいが前面に出る状態になります。

こうして、外部の時計を持たない、しかも量子力学の法則に従うミニ宇宙が完成しました。

ただこの量子的な塊は全体として1つの状態しかとらないという性質を持ちます。

そのため散らばり具合を調べることは困難です。

そこで研究者は光でできた薄い仕切り(光障壁)を使って、この量子的な塊をコッチとアッチに分割してみました。

もし時間が本当に物質の変化から自然に湧き出るものなら、この分割によって、ミニ宇宙内部にも独自の時間構造──つまりエントロピーの変化や時間の始まりや終わりのような現象がおこるかもしれません。

しかし研究者が塊を調べたところ、ミニ宇宙全体のエントロピーは誤差のレベルでしか変わっておらず最初から最後まで同じでした。

ところが視点を変えて、コッチ側とアッチ側を別々に見てみると、エントロピーが「行き来」していたことがわかりました。

見える側と見えない側のあいだで原子が行き来すると、それに伴ってエントロピーが片方の部屋からもう片方の部屋へ移動します。全体の合計は一定のまま、配分だけが変化し続けていたわけです。

配分の変化が、エントロピーを介して時間を駆動していたのです。

時間が「生まれる」ために必要だったのは、宇宙全体のエントロピーが増えることではありませんでした。必要だったのは、宇宙を2つに分け、そのあいだでエントロピーが行き来することだったのです。

その行き来が始まった瞬間、「時間の流れ」が立ち現れるのです。

これにより、何十年前から理論的に予測されていた「宇宙を分ければ時間が生まれる」という現象を、ミニ宇宙で実験的に示すことに成功しました。

ここまで来ると、記事の冒頭で紹介した「宇宙の設計図に時間が載っていない」問題が、違う景色を帯びてきます。

宇宙全体を量子的な状態として考えると、変化はなく、だから時間もありません。

しかし、宇宙を「コッチ側」と「アッチ側」に分けたらどうなるでしょうか。

ここで重要なのは、コッチの住人にとっての「時間」は、エントロピーの変化そのものということです。

変化が激しければ、住人にとって「たくさんの出来事が起きた」ことになり、時間が速く流れたと感じます。

エントロピーの変化が「時間を映し出している」のではなく、エントロピーの変化が時間そのものなのです。

もし「本当の時間」がどこか別の場所に存在していて、エントロピーの変化はその影にすぎないのだとしたら、影だけで物理学が動くのは不自然です。影だけで完全に動くということは、影こそが本体だということを意味しています。

バロンティーニ教授はプレスリリースで「この研究は、”時間”をシステム内部の変化として定義できるという、条件を制御した実験における最初の実験的証拠を提供するものです。量子重力における時間の本質について、従来の時間と同じように有効に動態を記述できる新たな知見をもたらすと考えています」と述べています。

時間は宇宙の基本装備ではなく、宇宙が自分自身を「コッチ側」と「アッチ側」に分けたときに、その副産物として生まれるもの──実験室のミニ宇宙は、その可能性を明確に示しました。

そして驚くべきことに、この「時間の誕生」は、もうひとつの壮大な出来事と分かちがたく結びついていました。

観測できない領域から観測できる領域へ原子が越境してきた瞬間──エントロピーの交換が始まり時間が産声をあげたまさにその瞬間が、同時にミニ宇宙の「ビッグバン」でもあったのです。

次ページ「ミニ宇宙」で宇宙の始まりと終わりを再現

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