「始まりの前」に時間はなかった

もうひとつ、この「ビッグバンとビッグクランチ」の話から引き出される、とりわけ深い含意があります。
実験データを注意深く見ると、ビッグクランチでミニ宇宙が収縮しきってから次のビッグバンが始まるまでの「すき間」の期間、コッチとアッチのあいだでエントロピーの交換がまったく起きていませんでした。
時間が生まれるためには、「見える部分」と「見えない部分」のあいだでエントロピーがやりとりされている必要がありました。やりとりが止まれば、時間も止まります。
つまり、この内部時計で見る限り、サイクルとサイクルの”あいだ”では時間が流れていなかったのです。
これは推測ではなく、エントロピー時間という物差しで見れば、実験データから読み取れる結果です。
この結果は、私たちの宇宙のビッグバンについても長年議論されてきた問い──「ビッグバンの”前”には何があったのか」──に対して、ひとつの可能性を差し出しています。
もしこのミニ宇宙と同じ原理が私たちの宇宙にも当てはまるなら、「前」という問い自体が意味を持たないのかもしれません。
なぜなら、時間そのものがビッグバンとともに──正確には、宇宙が「見える部分」と「見えない部分」に分かれ、そのあいだでエントロピーのやりとりが始まったその瞬間に──生まれたのだとすれば、ビッグバンの「前」に時間は存在せず、したがって「前」という概念そのものが成立しないからです。
「ビッグバンの前に何があったか」と問うことは、「北極のさらに北には何があるか」と問うのに似ています。
北極は「北」の端であり、それより先に「北」は存在しない。同じように、ビッグバンは「時間」の端であり、それより先に「時間」は存在しない。
もちろんこれは、ミニ宇宙というアナログ系で得られた結果です。
研究者自身もこれで私たちの宇宙の時間やビッグバン、ビッグクランチがわかったとまで断言していません。
それでもこの実験が示してみせたのは、「ビッグバンの前に時間がない」という考え方が、抽象的な哲学の議論でもなく、黒板の上の数式遊びでもなく、実験室で目に見える形で再現しうるものだということです。
この小さな宇宙の内部時計では、「始まりの前」の目盛りは刻まれませんでした。始まりとともに時間が動き出し、終わりのあとに時間は止まったのです。
バロンティーニ教授は今後の展望として、この手法をより複雑な系へと拡張し、ビッグバンやビッグクランチの物理をさらに詳しく調べたり、実験室の中でブラックホールを模擬したり、宇宙が「特異点」で本当に潰れるのか、それとも量子力学的に跳ね返るのかを検証したりできる可能性があると述べています。
「時間とは何か」。この問いへの答えは、巨大な望遠鏡でもなく、巨大な加速器でもなく、実験室の片隅に浮かぶ極低温の原子の雲から、少しずつ姿を現し始めているのかもしれません。
では、私たちが毎朝目覚めるたびに感じている「この時間」は──宇宙が最初から持っていた基本装備なのでしょうか。それとも、138億年にわたって宇宙がみずから編み出し続けているものなのでしょうか。




















































