分子ではなく「空洞」を照らすという逆転発想

謎を解くカギは、研究チームが理論モデルの中で想定した、ある特殊な空間にありました。
「ナノ空洞」と呼ばれる、とてつもなく小さな空間です。
金属などで作る、極めて小さなすきまで、その中に1個の分子を閉じ込めます。
ただし、レーザーを当てる前の内部は、まだ”空っぽ”の状態にあります。
何もないものを、どうやって味方につけるというのでしょう。
実は量子力学において真空は、本当の意味では空っぽではないのです。
たとえ箱の中に、光の粒(光子)が一つも入っていなくても、その空間内には、ごくわずかな「揺れ」が消えずに残っています。
これを「真空のゆらぎ」と呼びます。
完全な無音のはずの部屋に、耳をすませるとかすかなざわめきが残っている――そんなイメージです。
面白いことに、この真空のゆらぎは、どこでも同じようにあるわけではありません。
空間を金属などでぐるりと囲ってやると、その箱の大きさに応じて、「起こりやすいゆらぎ」と「起こりにくいゆらぎ」の”えこひいき”が生まれるのです。
これは、楽器を思い浮かべると分かりやすいでしょう。
同じ空気でも、笛の長さや形が違えば、よく響く音は変わります。
空気そのものは同じなのに、「入れ物の形」が、鳴りやすい音を選んでいるわけです。
真空のゆらぎもこれと同じで、箱の大きさが、その中で起こりやすいゆらぎの調子を決めてしまうのです。
そこで研究者たちは、ある特定の分子(二硫化炭素:CS₂)の震えのリズムにぴったり合うよう、真空のゆらぎの調子をチューニングした箱を用意しました。
ヒントは、物にはそれぞれ揺れやすいリズムがあるという「固有振動」です。
建物や橋には、それぞれ「揺れやすい固有のリズム」があります。
外から加わる揺れがこのリズムとぴたりと一致すると、揺れは少しずつ増幅され、最悪の場合、橋を壊してしまうことすらあります。
軍隊が橋を渡るとき、わざと歩調を崩してバラバラに歩くならわしがあるのも、このためです。
兵士全員の足並みがそろうと、その規則正しいリズムが運悪く橋の固有のリズムと噛み合い、揺れが育ってしまう恐れがあるからです。
実際、イギリス陸軍にはこうした事故をきっかけに、19世紀から「橋の上では歩調をそろえない」という習わしが受け継がれています。
分子もこれと同じで、種類ごとに「揺れやすい固有のリズム」を持っています。
そして分子を壊すなら、てんでばらばらに揺するより、この固有のリズムに合わせて揺すってやったほうが、ずっと効率がいいのです。
だからこそ研究者たちは箱を調節して、箱内の真空のゆらぎを分子の振動に合うように設計したのです。
ただ真空のゆらぎと分子の振動パターンを合わせたのには、もう1つの理由がありました。





























