精子を磁性化して卵子に導く

しかし「体の中で精子を卵子まで届ける」と口で言うのは簡単でも、実現は容易ではありません。
精子は自分の尾っぽ(べん毛)を振って泳ぐ力を持っていますが、いわば「方向指示器のない車」のようなものです。
特に精子の数が少なかったり、運動能力が低かったりする男性不妊のケースでは、卵管の奥にある卵子まで自力でたどり着ける精子がほとんどいません。
ヒトの卵管は約11〜12cm、ウシでは約25cmもあり、精子にとっては果てしない旅路です。
(ちなみに磁化精子の泳ぐ速さは秒速約121マイクロメートル。単純計算すると、ヒトの卵管なら約17分で泳ぎ切れることになります。ただし実際の体内では、精子の動きはもっと遅くなる可能性があると論文は注釈しています)
そこでチームが目をつけたのが、「磁力」でした。
具体的には、酸化鉄(磁石に引き寄せられる鉄の粉)とポリスチレン(プラスチックの一種)でできた、ごく小さな磁性マイクロビーズ(磁気を帯びた微小な粒)を精子の頭部にくっつけます。
すると精子は磁気を帯び、体の外から弱い磁場をかけるだけで進む方向を制御できるようになるのです。
ポイントは、ビーズが付くのは頭部だけで、尾っぽは完全に自由なままということ。
だから精子は自力で泳ぎ続けることができます。
たとえるなら、精子が磁力で操作する「ラジコンカー」になるようなものです。
しかもこのビーズは超音波の画像にも映るため、体内でも精子の集団がどこにいるかをモニターできる可能性があるといいます。
また、チームは磁化精子を選り分ける精製法も大幅に改良し、従来法の約10倍にあたる1万匹以上の磁化精子を一度に回収できるようになりました。
精製後の純度は99.69%。
つまり1000匹中997匹以上が正しく磁気を帯びた状態です。
注目すべきは、チームが研究室にこもって開発を進めたわけではないという点です。
メディナ=サンチェス氏は「私たちは体外受精専門の医師に相談しました。通常の体外受精のワークフロー(作業手順)に組み込める精子処理プロトコル(手順書)を開発したかったからです」と述べています。
最初から臨床への応用を見据え、現場の医師と二人三脚で進めた実用志向の研究なのです。
では、この「ラジコン化」した精子は、実際にどのくらい正確に操れるのでしょうか。
チームが培養皿の中で磁化精子を磁場で操縦する実験を行ったところ、磁場による誘導をONにした場合は、OFFの場合に比べて標的領域(直径20マイクロメートルの円形エリア)に到達する精子の数が約1.9倍(91.6%増)に増えることが確認されました。
また別の実験では、ウシの卵子に向けて磁化精子を順番に誘導し、卵子の近くまで到達させることにも成功しています。
さらに、複数の磁化精子を磁場で一箇所に集めて「群れ」を形成し、塊として動かせることも示しました。
受精の確率を上げるには多くの精子を卵子の近くに集める必要があるため、この群れ制御は将来の実用化に向けた重要な一歩です。




























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