量子力学を「虚数なし」で書き直すことに成功──実数で綴る量子の世界
量子力学を「虚数なし」で書き直すことに成功──実数で綴る量子の世界 / Credit:Canva
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量子力学を「虚数なし」で書き直すことに成功──実数で綴る量子の世界 (2/4)

2026.06.22 20:00:29 Monday

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虚数とは何か ── ありえない数の正体

私たちが日常で使っている数は「実数」と呼ばれます。

1、−3、0.5、円周率π……。

これらはすべて、一本の数直線の上にきれいに並べることができます。

この数直線の世界では、どんな実数を二乗しても、答えが負になることはありません。

プラスの数を二乗すればプラス。

マイナスの数を二乗しても、マイナス×マイナスでやはりプラス。

つまり「二乗して−1になる数」は、数直線のどこを探しても存在しません。

しかし数学者たちは、あえてこの「ありえない数」を発明しました。

i² = −1

この性質を持つ数 i が「虚数単位」です。

そして実数と虚数を組み合わせた数が「複素数」と呼ばれます。

たとえば 5 + 3i なら、実数方向に5歩、虚数方向に3歩という感じで点が決まります。

虚数の正体は「回転」ととらえるとわかりやすいです
虚数の正体は「回転」ととらえるとわかりやすいです / Credit:Canva

こうして、これまで「どこにも置けない記号」だったものが、「縦方向の位置」として素直に図の中に描けるようになりました。

このように、虚数を含む複素数を平面上の点や矢印として扱えるようになったことで、i は「仕方なく我慢して使う記号」ではなく、「平面の中で特定の方向を示す成分」として理解されるようになっていったのです。

方向として理解するなんて「数学じゃない」と思うかもしれませんが、数学において「方向」は非常に重要です。

実際 i の掛け算を行うと、一定のパターンも見えてきました。

それは回転です。

たとえば 5 + 3i に i をかけると、i(5 + 3i) つまり −3 + 5i となり、元の点 (5, 3) が (−3, 5) という位置に移ることが確かめられます。

つまり i を掛けるとは、「原点を軸にして 90 度回す」という幾何学的な操作を、数の世界に持ち込めたのです。

実際、このiを適切な式に組み込むと円を描けることもわかりました(eⁱˣ = cos x + i sin x)。

オイラーの公式(eⁱˣ = cos x + i sin x)
オイラーの公式(eⁱˣ = cos x + i sin x) / iを適切な式に組み込むと円を描けることもわかりました(eⁱˣ = cos x + i sin x)/Credit:Canva

【コラム】i の i 乗は、なんと実数になる

「i を i 乗すると何が見えてくるでしょうか?」もし i が本当に「中身のない飾り」なら、こんな計算をしても意味のある”きれいな値”が出てくるのは不思議です。ところが、標準的な取り方(主値)で計算すると iⁱ = e^(−π/2) ≈ 0.20788⋯ となり、虚数を含まない実数として出現します。あえてイメージで言うなら、i を i 乗するとは、i が持っていた「向きの力」が離れて「大きさの変化」に姿を変え、結果として実数が現れる現象だと言えます。

つまり虚数とは単なる計算ツールではなく、数の世界に「向き」や「回転」を持ち込む概念であると言えます。

この性質が、量子力学では決定的に重要になります。

電子や光子といった粒子の状態は、「波動関数」と呼ばれる可能性の波で表されます。

波には大きさだけでなく、「位相」と呼ばれるタイミングや向きの情報があります。

量子の世界で起きる不思議な干渉現象を計算するには、この位相を必ず追いかけなくてはなりません。

そこで虚数の出番です。

量子状態をつくる一つひとつの数(複素振幅)には「大きさ」と「位相」があり、それはちょうど複素数の「長さ」と「角度」に対応します。

複素数を使えば、二つの情報を一つの数にまとめて計算できる。

音楽にたとえるなら、音量だけでなくリズムのタイミングまで一つの記号で書ける楽譜のようなものです。

シュレーディンガー方程式に虚数 i が現れるのは、まさにこの位相の変化を記述するためでした。

i を掛けるとは矢印を90度回すこと、つまり波の位相を回転させる操作そのものです。

歴史的に、ほかの物理学(ニュートン力学や電磁気学)でも複素数は使われていましたが、あくまで計算を便利にするための道具であり、最終的には実数だけで書き直すことができました。

しかし量子力学では、虚数を取り除くと理論がそもそも成立しないように見えたのです。

こうして虚数は、量子力学の”中心言語”として100年近く君臨してきました。

そして多くの物理学者が、こう考えるようになります。

量子力学がこれほど奇妙なのは、もしかすると、それが”奇妙な数”の上に成り立っているからではないか――。

重ね合わせ、量子もつれ……量子世界の不可解さは、虚数という不可解な数と分かちがたく結びついているのではないか。

そう考えると、量子力学の奇妙さに、どこか腑に落ちる説明がつくような気がしたのです。

この「虚数は量子力学に不可欠だ」という直感は、2021年にいよいよ科学的に裏づけられたかに見えました。

研究チームは、実数だけで書いた量子力学では、複数の粒子が離れた場所で関わり合う実験(ベル型)を正しく再現できないことを理論的に示したのです。

しかも、これは机上の話だけでは終わりませんでした。

2022年、中国を中心とする複数の研究チームが、光子のネットワークや超伝導量子ビットを使った精密な実験で、相次いで検証を行いました。

実験では

「もし自然が実数だけで動いているなら、この実験ではAという結果が出るはず」

「もし自然が複素数を必要としているなら、Bという結果が出るはず」

という形が組まれました。

結果はすべて「B」つまり「複素数版が予想する側」のものでした。

こうして「やはり量子力学に虚数は必須なのだ」と結論づける物理学者が、世界中に大勢現れることになります。

ところが、ここに見落とされがちな”小さな但し書き”がありました。

量子力学では、離れた二つの粒子を「一つの大きな系」として扱う場面がしばしば登場します。

量子もつれの計算がその代表例です。

このとき、二つの系を合体させるために「テンソル積」と呼ばれる数学的なルールが使われます。

テンソル積は、量子情報理論の土台でもあり、あまりにも標準的に使われているため、ほとんど「自然法則の一部」のように受け取られていました。

2021年の研究も、このテンソル積ルールをそのまま前提に置いていたのです。

実は2021年の研究が裁いたのは、この前提の量子力学だけだったのです。

これは「日本語だけで、世界中のすべての料理レシピを翻訳できるか?」というチャレンジを「ただし特定の辞書だけを使って行う」というものに似ています。

試してみたところ、一部のレシピは日本語だけでは正確に翻訳できないとわかっても、それは日本語そのもののポテンシャルが不足しているか、使用した辞書(前提)に問題があったのかを切り分けられないのです。

2021年のテストにおける前提ルール(テンソル積公理)は、この「特定の辞書」に相当します。

特定のルール(前提)を使う限り、実数だけの量子力学は確かに破綻します。

しかし、それは「実数では量子力学が書けないことそのもの」の証明なのでしょうか?

それとも「あの前提ルールでは書けない」ことの証明にすぎないのでしょうか?

この問いに正面から取り組んだのが、今回のドイツの研究チームでした。

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