虚数は量子力学の本体だったのか、それとも文法だったのか

今回の研究により量子世界において「虚数は欠かせない必須部品だ」という主張の根拠がはっきり弱まりました。
これまで「虚数こそ量子力学を量子力学たらしめている、取り外せない部品だ」と思われてきましたが、虚数を一つも使わずに、まったく同じ予言をする理論が組み上がってしまった以上、その見方はもう維持しにくくなりました。
実際、もし「量子力学は、虚数を使ってしか正しく書けない」のだとしたら、虚数を抜いた理論は、どこかで必ず間違った答えを出すはずです。
しかし、そうはなりませんでした。
ただし「だから世界は本当は実数だけでできている」と言い切ることもできません。
なぜなら、複素数版と実数版は、観測できるあらゆる実験で同じ答えを返すからです。
どんなに精密な測定をしても、私たちは「自然は本当は虚数を使っているのか、それとも実数だけなのか」を区別できません。
実験で勝敗が決められない以上、少なくともこの二つの書き方が同じ答えを返すかぎり、どちらが”世界の正体”なのかを、測定だけで見分けることはできません。
同じ土地を、緯度と経度で表すこともできれば、「駅から東に何メートル、北に何メートル」と表すこともできます。
二つの座標が同じ場所を指しているなら、どちらが「土地そのもの」なのかを、測量だけで決めることはできません。
今回の研究が示したのは、量子力学でもこれと同じことが起きている、ということなのです。
虚数は「必須」の座からは降りました。
けれど、実数が「正体」だと証明されたわけでもありません。
むしろ今回の研究は、表現方法として「虚数と実数、どちらが本物か?」という勝負ではなく、「量子世界の本体とは、特定の数式なのか、それともどの数式で書いても消えない”構造”のほうなのか?」という、より深い問いへと、問いそのものの形を変えたと言えるかもしれません。
もちろん、これですべてが片づいたわけではありません。
今回の決め手は「片方をいじっても、離れたもう片方には影響しない」という考え方でした。
しかし光子と光子、電子と電子のように、自然界には原理的に区別できない粒子が存在します。
こうした粒子の集団では「どこからが”片方”で、どこからが”もう片方”か」という線引きそのものが曖昧になり、こうした状況に今回の考え方をどう当てはめればいいのかは、まだはっきりしていません。
また、追加の仮定にいっさい頼らず、純粋に物理的な原理だけからこの実数版理論を導けるのか――それも今後の宿題です。
興味深いことに、フランスのInria(国立情報学自動制御研究所)などに所属する研究者ら(ホフレウモン氏とウッズ氏)も、別の道筋から「量子力学に複素数は必要ない」という同じ結論にたどり着いた論文を発表しています(arXiv:2504.02808)。
一方で、「局所性を前提にするなら、やはり複素数は必要だ」と逆向きに論じる研究も同時期に出ており(arXiv:2504.07808)、この問いをめぐる議論は、いままさに世界中で再燃しているところです。
それでも、今回の研究が残したものは小さくありません。
シュレーディンガーが方程式に虚数を書き込んでから約100年。
「量子世界には虚数が必要だ」という、2021年以降は決着したかに見えた大前提に別の角度から光を当ててみたら、揺るぎないと思われていた常識が動き出しました。
世界の法則と、それを書くための数式は、本当に同じものなのか——。
100年前の方程式は、いまも私たちに問いを投げかけています。




























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