細胞はどうやって「引っ張られた」と気づくのか

細胞には、目も耳もありません。
神経が通っているわけでもなければ、私たちが思い浮かべるような、圧力計の形をした装置が付いているわけでもありません。
ではいったい、どうやって「いま自分は引っ張られた」と気づいているのでしょうか。
答えは、細胞の表面にありました。
細胞をくるんでいる薄い膜には、小さな扉(PIEZO1)が用意されています。
この扉は、ふだんはぴったり閉じているのですが、膜が押されたり引っ張られたりして張力がかかると、ぱかっと開くのです。
玩具のカラフルなゴムボールを細い針で刺しても目立ちませんし、水に沈めても内部に浸水しないでしょう。
しかし思いっきり引っ張ると針の穴が目視できるサイズにまで広がり、水も入り込みやすくなります。
同様に細胞も引っ張られると、この普段は目立たない扉が開いた状態になります。
すると外側からイオンなどがどっと流れ込み、「いま引っ張られたぞ」という合図となって、細胞の中を駆けめぐるのです。
ちなみにこの扉を見つけたアルデム・パタプーティアン氏らは、2021年のノーベル生理学・医学賞に選ばれています。
私たちが指先で物の硬さを感じ取れるのも、膀胱がいっぱいになったことに気づけるのも、この手の門番が体じゅうで働いてくれているおかげです。
そして今回のチップの中にいる血管の細胞たちも、自分が引っ張られたことを、この扉などを通じて感じていたのです。
実際、遺伝子編集でこの扉がうまく働かないようにしたところ、揺さぶっても新しい血管がほとんど増えなくなることが確かめられました。
さらに研究者たちは、引っ張られた細胞の中で、どんな遺伝子のスイッチが入っているのかも調べました。
すると性格の違う4種類の信号(遺伝子活性度)が一斉に動いていたことがわかりました。
1つ目は「血管を作れ」という、工事そのものを始める号令。
2つ目は「いま引っ張られたぞ」という、外からの力を細胞の内側の言葉に翻訳する号令。
3つ目は「進むための足場を掘れ」という、周りのゼリーを作り替えて道をならす号令です。
4つ目は「血管の壁をしっかり締めろ」という、できあがった血管を漏れにくく保つための号令でした。
どれも、血管を作り、それを丈夫に保つのに重要な信号です。
引っ張るという単純な刺激ひとつが、細胞の中でこれだけの号令に翻訳されていたことまで見えてきたのです。
研究者たちはこの成果を応用して、血管ネットワークの周りに実際の臓器や組織を育てることを目指しています。
手はじめとして、まずは筋肉への応用が進められています。
論文の共同筆頭著者であるジェシカ・シャー氏は、血管の成長パターンを精密に制御することで筋肉の働きをどこまで改善できるか、現在研究を進めていると述べています。
必要な組織に必要とする血管を導くことができれば、将来的には医学の世界にも大きな貢献となります。
もしかしたら未来の病院や、人工臓器培養工場では、血管を導くために無数の磁石がせわしなく動いている光景がみられるかもしれません。































