人類はいつ文字を読む能力を獲得したのか
人間に読書を可能にしている脳領域は、人間が文字を開発した瞬間から進化したのではなく、人間になる前、サルの時代から存在していたかもしれない。
この刺激的な仮説は一部の研究者によって熱狂的に支持されており「ニューロン・リサイクル」説と言われています。
ニューロン・リサイクル説を支持する研究は近年になって増え続けています。
MRIを使った文字を見ている時の脳の活動調査では、このいわゆる「読書脳」的役割を果たす部分が、物体の識別を行っている視覚領域(下側頭葉皮質)に存在することが判明しています。
人間は細かい物体の識別能力を、文字を読む能力に転用、あるいは「リサイクル」することで、読書を可能にしているようです。
しかしMRIによる脳活性の調査では、この読書脳が進化におけるどの段階で獲得されたかまでは調べられません。
古典的な解剖学では、同じような脳領域が人間以外の霊長類でも存在することが知られていますが、同じようにみえる脳部位があるとの証拠だけでは読書脳の進化的起源を主張する「ニューロン・リサイクル」説を証明できません。
そこでMIT(マサチューセッツ工科大学)のリシ・ラジャリンガム氏らは文字を読む訓練を受けていないサル(マカクサル)の脳に電極を埋め込み、文字を見せた時に生じる神経回路パターンを記録しました。
結果、サルは文字を読む訓練を全くしていないにもかかわらず、文字に対して特徴的なコードを生成していることがわかりました。
このコードを機械学習によって解読したところ、驚くべきことに、サルの脳は人間にとって意味のある単語と非単語(疑似単語)では、異なる系統のコードを発していることもわかりました。
また研究者はこのコードを読み解くことで、サルが見ている文字が単語か非単語(疑似単語)かを高い精度で区別することも可能になりました。
以上の事実から、文字認識機能およびコード生成能力は、人間以外の霊長類の間でも広く保存されており、人間以外のサルも読書脳の原型を保持していることを意味します。
つまり人類は読書能力を文字開発にあわせて獲得したのではなく、先祖から受け継いだ物体識別能力とコード生成能力を転用・リサイクルすることで、読書脳を得たことになります。
また研究者はコードの類似性を比較することで、サルは水平反射する文字(bやd)により類似したコードを形成して取り違えやすいのに対して、垂直反射する文字(「b」「p」)にはある種の警告刺激が発せられ、間違いにくいことがわかりました。
これは人間の小さな子供が「b」と「d」を間違い安いのに対して「b」と「p」は間違いにくいことを反映しています。
日本語に例えれば、漢字の左右の部首を逆に書いてしまう人は多くても、上下の部首を逆に書いてしまう人は少ないという事実に例えられるでしょう。