「ドキッ!」が強いほど、スローモーションの感覚も強くなる
交通事故や高所から落下する瞬間など、突発的に危険な状況に直面したときに周りの動きがスローモーションに見えるという報告例は多々あります。
本研究チームも2016年に、さまざまな強度の感情反応を引き起こす写真のデータベースを用いた実験で、被験者が危険を感じた際に視覚の時間精度が上昇する(=動きがゆっくりに見える)結果をすでに得ていました。
しかし当時の実験で使った写真は風景や動物、事件に関する写真で、危険を感じさせる画像と安全な状態を⽰す画像との間で画像の⾊彩の特性が⼤きく違っていたといいます。
そのため、「ゆっくり見えるという反応は写真の状況ではなく色彩によって生じたのでは?」と指摘されたため、今回チームは色彩の特性が大きく変わらない写真を用いて、改めて実験することにしたのです。
今回、感情反応を起こすのに使ったのはさまざまな人の表情を映した顔写真です。
顔写真は、写真ごとに大きな色彩や輝度の違いはないので、余計な刺激を排除した被験者の感情の変化だけを見ることができます。
たとえば、人は他人の怒りの表情を「危険」と判断するので、提示する表情の種類によって意図した感情を被験者から喚起することが可能です。
実験では、男女それぞれ2名の「怒り・恐怖・喜び・無表情」の4種類の顔写真を使用しました。
しかし、研究はどうやって感情の喚起によってスローモーションが起きていることを検出するのでしょうか?
実験では、その方法として提示したフルカラーの顔写真を1秒間表示したあと、一瞬だけ(10〜50ミリ秒の範囲)で画像の色彩度を低下させました。
このとき、被験者が一瞬だけ変化した色彩の低下を認識できるかどうかで、視覚の時間精度を測定したのです(上の画像)。
その結果、被験者は「怒り・恐怖・喜び」の条件で「無表情」のときより、短時間でも彩度低下に気づくことができました。
これは被験者が何らかの理由で「ドキッとした瞬間」に、人間の視覚がスローモーションになることを示しています。
しかし「ドキッ」とする瞬間の感情にもいろいろと種類があります。
主に私たちのドキッとする感情には、興奮の度合い(ドキッと感じる程度)に対応した「覚醒度」と、好き・嫌いの度合いに対応する「感情価」の2つの次元が存在するとされます。
では事故に遭遇した瞬間と、一目惚れの瞬間でスローモーションの効果が異なるのでしょうか?
そこで今回、チームは追加の実験で「覚醒度」での感情反応が生み出すスローモーション効果の大きさを調査しました。
覚醒度の反応が大きいと予測される「怒り表情」、中程度と予測される「悲しみ表情」、小さいと予測される「無表情」で、それぞれ視覚の時間精度がどう異なるか測定してみたのです。
すると被験者の視覚の時間精度は、覚醒度が高くなるほど上昇することが判明しました。
つまり、「ドキッ!」とした程度が強いほど、周りがよりスローモーションに感じられたのです。
以上の結果から、写真の色彩や輝度が原因ではなく、引き起こされる感情反応によって、視界がスローモーションに見えるということが実証されました。
またスローモーションを引き起こすのは、これまでの多くの報告で見られたのとは違い、ネガティブな強い感情(怒りや恐怖)に限定されないこと、そして覚醒度の高い感情ほどスローモーション現象を引き起こしやすいことが明らかになりました。
これにより、交通事故や高所からの落下のような危険な出来事だけでなく、一目惚れをした瞬間に周りがスローモーションになるのもこれと同じ現象と言えるでしょう。
その他にも、アスリートが極限の集中状態の中で発揮する「ゾーン」についても同じ説明ができるかもしれません。