風上に向かって出した声は逆に大きくなる?
実は音響学者たちは以前から、風上に向かって叫ぶと声が増幅されることを知っていました。
音響の測定実験では、音源を風上に向かって送ると振幅が大きくなり、風下に向かって送ると振幅が小さくなることが示されています。
音響学の世界ではそれぞれ、対流増幅(convective amplification)と対流減衰(convective attenuation)として知られているようです。
振幅が大きいと周囲の空気も大きく振動するため、音は大きく聞こえるようになります。
つまり風上に向かって叫んだ場合、一般的なイメージとは異なり、声は通りやすくなるのです。
この理由については下の記事で解説しているので、興味のある人は参照してください。
では、なぜ「風上に向かって叫ぶと声が届きにくくなる」という誤解が生まれたのでしょうか?
プルッキ氏と同僚はその科学的な説明を試みようと、数年前から調査を続けてきました。
自分自身の耳には聞こえにくくなっていた
研究チームが2018年に最初の試みとして行ったのは、走行車の天窓から顔を出して大声を出し、その声の大きさを発声者の周囲に設置したマイクで記録するという実験です。
車を走らせることで、風上に向かって叫ぶというシチュエーションを再現しています。
しかしプルッキ氏自身が体を張った甲斐もなく、この実験では特に意味のあるデータは取れませんでした。
そこでチームは今回、プルッキ氏が体を張らなくて住むように実験手法を改良して、走行車の天窓に円筒型のスピーカーとマイクを設置。
スピーカーとマイクをそれぞれ人間の「口」と「耳」の位置に見立てて、音の振幅を測定しました。
これは要するに、発声者が風上に向かって叫んだとき、風下に向かって叫んだときの「自分自身の声の聞こえ方」を明らかにするものです。
その結果、風上に向かって音を出すと振幅は増大するのに対し、耳を模したマイクに記録される音は小さくなることが分かったのです。
言い換えれば、風上に向かって叫んだ声は風上にいる第三者には聞き取りやすくなるが、自分自身には聞こえづらくなることを示していました。
「その理由は実にシンプルです」とプルッキ氏は話します。
「風上に向かって大声を出すと、あなたの耳は口よりも後ろ、つまり風下に位置するために耳が受け取る音は小さくなるのです」
反対に、風下に向かって大声を出すと、第三者に伝わる声は小さくなりますが、自分自身が聞き取れる声は大きくなるといいます。
こちらがプルッキ氏の作成したイメージ図です。
また、これと同じ現象はわざわざ風に向かって叫ばなくても起こりうるとプルッキ氏は指摘します。
たとえば、サイクリングをしているときです。
自転車に乗ってかなりのスピードを出しながら声を出すと、風上に向かって声を出している状態になるので、自身の耳には自分の声が聞こえにくくなります。
しかし、もし前方に一緒に走っているパートナーがいるなら、その人にはあなたの声がハッキリ聞こえている可能性があります。
自分では全然届いてないと思っていたのに、前方の相手はちゃんと聞こえていて「あれ、あいつ耳良いな」と思った経験を持つ人もいるかもしれません。
これは一見、簡単な原理のようでいて長い間見過ごされてきた事実です。
もしあなたが風上にいる誰かに呼びかけようとして、自分の耳には聞きづらかったため、より大きな声を出して叫び直したら相手は「うるさい!」と思うかもしれません。
なので風上に叫ぶ際には声量に注意しましょう。
最後に2018年にプルッキ氏が自ら体を張ったときの実験映像を載せておきます。
記事内の誤字を修正して再送しております。