どんな調査をしたのか
本調査では、うつ病の人が他者の感情表現を前にして、どのように社会的な意思決定をするかを検証しています。
チームは被験者として「健康的な一般男女24人」の他に、仏モンペリエ大学病院から「自殺未遂の既往歴があるうつ病患者24人」と「自殺未遂をしたことがないうつ病患者24人」を集めました。
被験者の平均年齢は約36歳です。
彼らは事前のアンケート調査で、抑うつ症状・アンヘドニア・不安症・小児期のトラウマなどの重症度について評価されています。
続いて、被験者は「社会的交流における自由選択タスク」を受けました。
ここではコンピューター画面上に、見ず知らずの2人が着席している画像を表示します。
どの画像でも1人は中立的な表情をしていますが、もう1人は笑顔の幸せそうな表情の人か、明らかに怒っている表情の人のいずれかをランダムに提示しました。
全部で120枚の画像が作成され、それぞれが異なる俳優の男女、座席の位置、表情の組み合わせとなっています。
被験者はランダムに提示された画像を1.5秒見た後、どちらの人の隣席に座るかを選択させられました。
1人の被験者につき計3回のタスクを行いますが、3回目だけ選択キーが本人の意思とは逆の席になるよう仕掛けを施しています。
具体的には、左側の中立的な表情の人の隣席を選んだはずが、自動的に右側の怒っている人の隣席に選択が変換されるのです。
ここで被験者は一度だけ自分の選択を修正する許可を与えられます。
これは被験者が、最初の意思決定を修正する努力を行うかどうかを見るためのものです。
アンヘドニアが強いほど、笑顔の人の隣には座らなくなる
データ分析の結果、健康な人もうつ病の人も共に、怒っている人がいる場合はその隣席は避ける傾向がありました。これは無用なトラブルを避けたいという考えから起きる自然な行動と考えられ、予測通りの結果です。
ところが、健康な人は笑顔の人の隣席を選ぶ傾向が顕著に見られたのに対し、うつ病の人では笑顔の人の隣席を選ぶ有意な傾向がなかったのです。
特にこの傾向はアンヘドニアの強さと密接に関連していることが判明しました。
アンヘドニアの強いうつ病患者ほど、笑顔の人の隣に座る傾向が明らかに低くなっていたのです。
加えて、これらのうつ病患者は3回目のタスクで自分の意思決定を修正する確率も低くなっていました。
3回目のタスクは先ほど説明した通り、意図的な操作の改ざんによって避けようとした人の隣に座らせられるというものです。
うつ病患者は、その後選択変更の機会が与えられても選択を変えようとはしない人が多かったのです
以上の結果をまとめると、こうなります。
・うつ病かどうかに関わらず、全ての被験者は怒っている人を避けることで一致
・うつ病の人は健康な人に比べて、幸福そうな人に近づく可能性が低くなる
・その傾向はアンヘドニアが強いほど顕著になっていた
・アンヘドニアの強いうつ病患者ほど、自らの意思を修正する努力をしなかった
これを踏まえると、うつ病におけるアンヘドニアには、笑顔で幸せそうな他者への好意的な評価を下げると同時に、意思決定を変えるやる気を喪失させる働きがあると言えます。
それゆえに自分が望まなかった怒っている人や笑顔の人の隣席になっても「席変えるのめんどくさいし、別にいいや」となってしまうのでしょう。
仕事で忙しい人などは、気分が落ち込んだからと言って心療内科などを受診するのは大げさと考えることが多いかもしれません。
しかし、今回の結果を踏まえると、楽しげな人の隣の席を避けようとしたり、自分の意思と異なる結果に対して簡単に修正可能な場合でも「別にいいや」と考えてしまうときは危険信号だと認識した方が良いでしょう。