エアロゲルでセーターを作るには?
エアロゲルは熱伝導率が非常に低く、断熱性に優れた人工材料です。
その特性からエアロゲルは主に建物の断熱材などに使用されています。
その一方で、エアロゲルは曲げや加工に対して脆く壊れやすいため、衣服の繊維として使うには難がありました。
加えて、洗濯後や湿度の高い環境にさらされると、断熱性能が急速に劣化する問題点も指摘されています。
「エアロゲルの断熱性を維持したまま、柔軟性や伸縮性を持たせた繊維を作ることはできないか?」
そう考えたチームは、シロクマ(ホッキョクグマ)の体毛にインスピレーションを求めました。
なんでシロクマは寒くないのか?
シロクマは地球上で最も寒い地域のひとつである北極に暮らし、何食わぬ顔で氷上を歩き回っています。
防寒グッズも何一つ持たない状態で、どうして寒くないのでしょう?
その秘密はシロクマの毛の一本一本に隠されています。
シロクマの毛のコア(芯部)には、空気のポケットが無数にある中空構造のような形になっており、これが熱伝導を防ぐことで断熱効果が高まっているのです。
イメージとしては、北海道などの寒い地域の家屋に見られる「二重窓」に似ています。
二重窓は二重のガラス板の間に空気の層を挟むことによって熱伝導率を下げて、室内を暖かく保つための技術です。
シロクマも毛の一本一本に多孔質のコアを持たせることで、皮膚表面から体の外で熱が逃げ出てしまうのを防いでいるのです。
加えて、シロクマの毛のコアは、防水性や柔軟性、耐久性に優れた高密度の外殻に囲まれています。
チームはこのシロクマの毛の構造が「断熱性」と「伸縮性」に優れたエアロゲル繊維を作るのに最適だと考えました。
そこでチームは、エアロゲルを用いて多孔質のコア部分を作り、その周囲をゴムのような伸縮性のある柔らかいプラスチックである熱可塑性ポリウレタンでコーティングすることで、シロクマの毛と同じ構造の繊維を開発したのです。
そうしてできたのがこちらのエアロゲル繊維。
完成したエアロゲル繊維は高い断熱性を保ちながら、シロクマの毛と同じく伸縮性や柔軟性、耐久性や防水性に非常に優れていました。
通常のエアロゲルを引っ張ると、わずか2%のひずみ(※)でも持ちこたえることはできません。
(※ 材料を引っ張ったときに伸びた量を変形量といい、元の長さに対する変形量の割合を「ひずみ」という)
ところが新たに開発したエアロゲル繊維は、1000%のひずみで引っ張った後でも壊れることなく元の長さに戻ったのです。
実験では最大1600%のひずみに耐えることができ、100%ひずみで伸縮サイクルを1万回繰り返した後でも、ほとんど影響はありませんでした。
さらに水に浸しても、乾燥させても、染色しても形状や性能は維持できることが確認されています。
シロクマセーターを編んでみる
そしてチームはエアロゲル繊維を使ってセーターを編み、その断熱性能をコットンの長袖・ウールのセーター・羽毛のダウンジャケットと比較してみました。
実験ではボランティアに協力してもらい、ー20°Cまで冷やされた冷蔵室でそれぞれの衣類を着用し、4品目の表面温度を測定して保温性を評価。
その結果は実に驚くべきものでした。
シロクマを模倣したセーターは、ダウンジャケットの5分の1の厚さしかないにも関わらず、すべての衣類の中で最高の断熱性を発揮したのです。
シロクマセーターの表面温度は平均3.5℃、対してダウンジャケットは平均3.8℃でありダウンよりも内部の温度を保っている(表面に逃していない)ことが示されました。
また実験では他にウールのセーターとコットンの長袖も比較されていますが、これらはずっと断熱性が低く、表面温度はそれぞれ7.2°Cと10.8°Cでした。
これは体熱がかなり服の表面に逃げ出していることを意味します。
またシロクマセーターは洗濯機で洗っても断熱性が劣化せず、繰り返しの着用でも伸縮性や耐久性を維持していました。
以上の成果は、実際の動物の毛皮や羽毛を使わずに、まったく新しい極薄極暖の防寒着が開発できる可能性を示しています。
近い将来、薄くて温かい冬の防寒着にはシロクマセーターが一般的となるかもしれません。