考古学において脳の発見は珍しいのか?
脳は死後に最初に分解される「最も脆い臓器」として知られています。
脳の脆弱さは法医学においても常識となっており、他の臓器が形を留めている段階でも、脳だけはいち早く液状化を起こしてしまうことが知られています。
そのため考古学の世界でも遺跡から原形を留めた脳がみつかることは奇跡的と考えられており、発見された場合は大ニュースとして取り扱われます。
しかし、この奇跡という認識は本当に正しいのでしょうか?
20世紀初頭にエジプトで活躍したエリオット・スミス(1871~1937)は「発掘にかかわったほぼ全ての考古学者たちは、脳が保存されていたという事例を知っている」と、意外な言葉を残しています。
そこで今回、オックスフォード大学の研究者たちは17世紀半ばまで記録を遡り、脳を発見したとする事例を収集しました。
すると報告されただけでも4400個以上の脳が発掘されていたことが判明します。
この数は、奇跡と呼ぶには多すぎます。
発見場所も古墳、沈没船、井戸の底、鉛の棺の中、ベルギーの教会墓地、インカの生贄とさまざまであり、最も古い脳はロシアの永久凍土から発見された1万2000年前のものでした。
また最近の脳としては、北極探検家やスペイン内戦で死んだ兵士の脳が含まれていました。
一般には、脳のような軟組織が保存されるには、極端な乾燥や凍結が必要だと思われてきましたが、発見位置は南極を除く6大陸全域に及んでいます。
さらに興味深いことに、4400個のうち1300個の脳では、発見時に脳以外の全ての軟組織が失われ、ほぼ白骨化していました。
つまり脳だけが残っているケースが全体の30%に達していたわけです。
これは脳が脆弱な組織とする認識からは、考えられない結果です。
次に研究者たちは、発見時の脳の状態を分類してみました。
すると脱水(37.8%)、冷凍(1.6%)、けん化(29.7%)、皮革化(0.7%)、プルプル(30.1%)という比率になっていることが判明します。
発見時の状態はある程度、周囲の気候に関連しており、脱水状態の脳は42.6%が砂漠地帯で、凍結状態の脳の72.7%がツンドラ地帯、けん化した脳の71.4%が海洋性気候、皮革化した脳の100%が海洋性気候となりました。
ただプルプル状態の脳は幅広い気候帯で発見されており、湿潤な地方でやや多くなっている程度でした。
しかしより興味深かったのは、それぞれの状態が耐えられる限界値でした。
食べ物などを長期保存する場合、最も有効なのは乾燥や冷凍です。
水気を含んだ半生の食べ物ほど早く腐敗してしまいます。
そのため常識的に考えれば、最も長持ちするものは乾燥や冷凍状態のもので、逆に水気を含んだ脳はもっとも弱いと考えるでしょう。
しかし研究者たちが、上の図のように、発見された脳の古さを、それぞれの状態の限界値を調べたところ
「脱水:8970年、冷凍:5180年、けん化:3900年、皮革化:2790年、プルプル:1万2000年」
と予想に反して、水気のあるプルプルの状態の脳が最も高い耐久値を持っていたことが判明します。
なぜこのような結果になったのでしょうか?